5話 約束。

 ――そして俺はまた、夢を見る。


 その夢は、今朝見ていた夢と似ている。どこか懐かしい感覚だった。


 「……、俺は絶対に忘れない。約束だ」


 「うん!約束だよ。絶対に忘れないでね」


 「――――俺は……のこと、忘れない――――」


 「――はっ⁉い、今のは一体、なんだ?」


 俺はまた、妙な夢を見た。


 「ん?あ、竜一、起きたの?もう授業は終わったよ?」


 「え?片桐さん?――あれ?ここは?」


 目が覚めると、そこにいたのは隣の席の片桐琴音だった。


 「……は?何言っているの?あんたが授業中に倒れたから、あたしが保健室まで、あんたを連れてきてあげたのよ。あたしに、感謝しなさいよね」


 「え?俺が……、なんかごめん。あと、ありがとう……。片桐さん」


 片桐さんはまた、不機嫌そうな顔になった。


 「それで、もう体調は大丈夫なの?」


 「ああ、うん。全然平気。心配してくれてありがとう」


 「……は?別に心配なんかしてない。あたしは、保健委員の仕事をしただけだから」


 片桐さんは、よくアニメとかで言われる、『ツンデレ』ってやつだった。


 (こいつは、昔から変わっていないな。――あれ?昔から?俺は彼女を知っているのか?片桐琴音――――っ⁉思い出した!彼女は、俺の――!) 


 「……そっか。でも、ありがとう。……琴音」


 「っ⁉あんた今、なんて言ったの⁉


 「え?琴音って、言ったんだけど……」


 「でもあんた、あたしのこと忘れていたじゃない!」


 「何言っているんだ、忘れないって言っただろ?ちゃんと約束したじゃないか。――なんて、さっき思い出したんだけどな。――ごめんな、琴音。忘れないって約束したのに」


 俺の言葉で琴音は泣き出してしまった。


 「ううう、馬鹿!あたし、ずっと待っていたのに、10年ぶりに会えてすごく嬉しかったのに。どうしてあたしのこと忘れていんのよ!――でも、思い出してくれてありがとう、竜一」


 そう、さっきまで忘れていた。――彼女は、俺の幼馴染だったのに。


 (どうして俺は、琴音のことを忘れていたのだろう。10年も離れていたから?いや、違う。だって、琴音は俺のことを覚えていたではないか。それなら、どうして―――)


 「お兄ちゃん⁉急に倒れたって聞いたんだけど、大丈夫⁉――って、琴音ちゃんだぁ!久しぶり!」


 「おお!めぐみちゃん。久しぶりだね。――あ、竜一ならもう大丈夫らしいから」


 「そうなんだ、良かった。もう、お兄ちゃん。琴ちゃんに迷惑かけたらだめじゃん?ほら、帰るよ?」


 「ああ、そうだな。琴音、ごめんな。――あと、ありがとう」


 「ふふん。か、感謝しなさいよ!」


 琴音はこっちに背中を向けていた。――が、きっと今、顔は真っ赤になっているだろう。


 琴音は、恥ずかしい時と嬉しい時は必ず、こちらに背中を向ける。


 (琴音、その癖はまだ直っていなかったのか)


 「琴音、ホントにありがとう。――あ、そうだ!今度、家に遊びにこい。歓迎してやるから」


 「そうだよ、琴ちゃん。遊びに来てくれると嬉しいな」


 「しょうがないわね。今度、遊びに行くから、お菓子を用意して待ってなさい!」


 琴音はそう言うとどこかに走っていってしまった。


 「琴音、どっかに行っちゃったな」


 「そうだね。それじゃあ、お兄ちゃん。――帰ろう?」


 「そうだな。――あ、そういえば荷物、教室に置きっぱなしだ。めぐみ、俺は荷物取りに行ってくるから、先に帰っていていいぞ?」


 「ううん、私も一緒に行く。一応言っておくけど、お兄ちゃんは、倒れたから保健室に来た人なんだよ?そんな人を1人で行かせるのは、危ないでしょ?」


 めぐみは、一度こうすると決めたことを、捻じ曲げるのが嫌いだ。そんなことは、俺が一番知っている。


 だから俺は、めぐみの言うことに頷くしかなかった。それに、本音を言うと、かわいい妹と一緒にいたかった。


 「ありがとう、めぐみ」


 それから、俺とめぐみは教室に向かった。


 「そういえば、お兄ちゃんはどうして倒れたの?」


 「え?えっとね、わかんない。いつの間にか寝ていたんだよ」


 「あー、なるほど、そういうこと」


 なぜかめぐみは、1人で納得していた。


 「めぐみ、1人で納得しないでくれ。俺にもわかるように説明してくれよ……」


 「ああ、ごめんね。――今回の事件の真相は、お兄ちゃんの寝相が招いた事故だったってことなんだよ。……ふふふ、流石はお兄ちゃんだね」


 「そうか、俺の寝相が……。って、俺の寝相ってそんなに酷いのか?」


 確かに俺のベッドは、絶対に落ちないっていうベッドだけど。


 「お兄ちゃんの寝相はすごいよ……。家に動画があるけど、帰ったら見る?」


 「マジか、見てみる」


 そんなことを話していたら、いつの間にか教室の前まで到着していた。


 「ここがお兄ちゃんの教室?」


 「そうだよ。さて、早く荷物を……。――――え?」


 俺は教室のドアを開けると、そこには1人の少女が立っていた。


 「お兄ちゃん、どうしたの?」


 「ああ、やっぱり。この荷物は竜一のだったのか。見覚えがあったから、もしかしたらって思ったけど……」


 「ねえ、お兄ちゃん。その人はクラスの人?」


 「え?めぐみ、彼女が見えているのか?」


 どうやら、今度はめぐみにも見えているらしかった。


 「お兄ちゃん、何言っているの?もしかして、頭の打ちどころが悪かったんじゃ……」


 「そんなことはない。竜一の言っていることは、おかしなことではない。――確かに、朝の公園の時は見えていなかったはずだからね」


 「それってどういうことなの?」


 俺は、めぐみが人見知りを発動していないことの方が気になっていた。


 「……あ、ところで竜一。君は私に聞いたよね?私が、あの本と何か関係しているのか?――って」


 鞠弥は、めぐみの質問も無視して、俺に質問してきた。


 「……ああ、どうなんだ?鞠弥、君は一体何者なんだ?」


 「………………」


 めぐみはきっと、話についていけなくなったのだろうか?急に何も喋らなくなってしまった。


 「ふふふ。……竜一、君はなんとなく、わかっているのではないのか?私が一体、何者なのか―――」


 「………………」


 (確かに、鞠弥が何者なのか、全く知らないと言えば嘘になる……。でも、鞠弥のこと関しては、わからないことが多すぎるのも事実だ)


 「お兄ちゃん?その人について、何か知っているの?」


 「なんとなくだけどな……」


 めぐみは、頑張って話についていこうとしていた。

 

 「じゃあ、お兄ちゃん。今、わかっていることだけ教えて……」


 「わかった。――まず、彼女は特定の人にしか姿を見せないようにできる。それと、これは俺の勘でしかないけど。――彼女は人間じゃない」


 「……お兄ちゃん、それ本気で言っているの?」


 「……ああ、本気だ」


 そしてめぐみは、俺の言葉を聞いて一度深呼吸をする。


 「わかった、私はお兄ちゃんを信じるよ。私はお兄ちゃんの妹だから」


 「ありがとう、めぐみ」


 「お話は終わったかい?それで竜一、君が言ったことは間違っていない。確かに、私は人間ではない。――いや、正確には人間ではなくなったと言うべきか」


 鞠弥が口にした驚きの言葉に、俺とめぐみは、何も返せなかった……。

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