4話 再会。

 ――今日は2020年4月24日金曜日。今日から俺とめぐみの高校生活が始まっていく。


        ◆


 ――――こ、これは、夢?でも、どこか懐かしい感覚。もしもこれが夢ならば、いつ頃の夢なのだろう。俺はこの頃――――


        ◆


 ジリジリジリジリッ!


 夢の途中で俺が昨日セットした、スマホのアラームが部屋に鳴り響いた。


 「……うう。ス、スマホ、どこだ?――――あ、あった」


 音を頼りにスマホを見つけた俺は、アラームを止めて体を起こす。


 「もう朝なのか――――あ、そういえば、今日から学校か。なんか楽しみだな、俺はこれからどんな高校生活を送るのだろうな。……そういえば、さっきの夢は一体、なんだったのだろうか?」


 俺はさっきの夢のことを気にしつつ、部屋を出て階段を下りる。


 そして、洗面台に立って冷水で顔を洗い、軽くうがいを済ませる。


 これは俺の日課になっていた。小学生の頃の俺は、朝早く起きるのが苦手だったので、毎朝冷水で顔を洗い、軽くうがいをさせられていた。その結果、目覚めが良くても、顔を洗ってうがいをするようになった。


 俺は洗顔などを済ませて、リビングに向う。リビングのドアを開くとキッチンにはめぐみが立っていた。


 「あ、おはようお兄ちゃん。今日から学校だね」


 「おお、めぐみ、おはよう――――ああ、そういえば、めぐみ。昨日はちゃんと眠れたのか?」


 俺は朝からめぐみをからかっていく。


 (別にこれは、日課じゃないからな……。本当だぞ!)


 「お兄ちゃん、もう私はそんなに子供じゃないの!」


 「そうだったか、もうめぐみは子供じゃないのか……。それなら、お菓子はもう買ってこなくも大丈夫だよな?」


 「っ⁉ううう、お兄ちゃんのイジワル……」


 めぐみにはかなりのダメージだったのか、泣き出してしまった。


 「あっ!めぐみごめんよ!冗談だ、ちゃんと買ってやるから、泣くなって」


 「ホント?お菓子買ってくれるの?」


 「ああ、買う。買ってやるから、な?」


 「うん。わかった――――あ、今日の朝ご飯は、ご飯に焼き鮭、玉子焼きだよ」


 (めぐみのやつ、あれは嘘泣きだったのか……。まあ、かわいかったから許す!)


 「おお、THE和食だな。では、いただきます。――ぱく」


 俺は、いつも通り美味しそうな焼き鮭を一口食べる。


 「どう、お兄ちゃん?美味しくできている?」


 「ああ、今日も完璧だ」


 「よかったぁ。それじゃあ私も、いただきます。――ぱく」


 そして、朝ご飯を食べ終えた俺とめぐみは、学校に行く支度を済ませて、家を出る。


 「「行ってきます」」


 俺とめぐみは、誰からも返事が返ってこないことを理解していたけど、そう言って、学校に向かった。


 「ところでお兄ちゃん?学校の始まる時間まで、かなりあるんだけど――――どうするの?」


 家を出てから少し歩いたところで、めぐみはそう聞いてきた。


 「そうだなぁ――――ん?あの子、どこかで……」


 めぐみの質問に答えようとしたが、俺の視線は公園に立っている女の子の方に向いてしまった。


 「え?お兄ちゃん、あっちには誰もいないよ?大丈夫?」


 「は?もしかして、めぐみには見えていないのか?」


 どうやら、めぐみには見えていないらしかった。


 「う、うん。どうしたの、お兄ちゃん。なんか変だよ?」


 「すまない、めぐみ。先に行っていてくれ……」


 「う、うん。わかった。でも、あんまり無理しないように、あと遅れないようにね……」


 「ああ、大丈夫だ。絶対学校には間に合うようにするから。安心してくれ」


 俺はめぐみと別れた後、公園の方に向かった――俺は、その女の子のことが気になったのだ。


 それから公園に到着した俺は、その女の子に話しかけていた。


 なぜなら俺は、彼女に見覚えがあった。いや、正確には彼女の髪の色に見覚えがあったと言うべきだった。彼女の小豆色の長い髪に――――


 「――やあ。君はここで何をしているんだ?もしかして、迷子かい?」


 「――――――」


 俺の質問に彼女は何も答えてはくれなかった。


 「君、名前は?俺の名前は仲野竜一だ。よろしく」


 「――――――」


 彼女は、何も答えてはくれない。そこで俺は、一番気になっていたことを質問してみた。


 「……ところで、君はどうして俺にしか見えていないんだ?一体何者なんだ?なあ、教えてくれよ」


 「――――――」


 やっぱり、彼女は何も答えてはくれなかった――が、それでも俺は、彼女に質問を続けた。


 「なあ、どうしてこんな所に立っていたんだ?そろそろ答えてくれても、いいんじゃないのか?あ、もしかして、あの本が何か関係しているのか?」


 「――――っ⁉」


 俺が本の話をした途端、驚いた彼女はこちらを向いた。


 しかし、彼女の顔はどこか悲しそうな顔をしていた。言葉にするなら――――家族から忘れられてしまった1人の女の子だった。


 「君はやっぱり、あの本と何か関係しているんだね……。君は一体――」


 俺の言葉を最後まで聞く前に、彼女は口を開いた。


 「……君は、忘れてしまったのか?私のこと、本当に覚えていないのか?」


 彼女はやっと話してくれた――が、俺はその言葉に動揺していた。


 俺は、こんな女の子は知らない――知らないはずなんだ。


 しかしなぜだろう。俺は、どこか懐かしく、嬉しい感覚がしたんだ。


 俺の記憶の中に、彼女は、いる――そんなこと、あるはずがないに、俺は彼女の名前を知っていた。


 「――――涼花?」


 「っ⁉――――良かった。やっぱり、覚えていてくれたんだね。……竜一」


 「――え?ごめん、俺には君の名前が涼花だってことしかわからないんだ。それに、どうして君の名前を知っているのかさえも」


 「そうか――――まあ、仕方のないことだ。君と別れてもう10年になるのだから――覚えていないのも当然だよ」


 「どういうことだ?10年って――」


 彼女は、俺の言葉を遮って、口を開いた。


 「おや?そろそろ学校の時間ではないのか?行かなくても大丈夫なのかい?」


 その言葉を聞いて、俺は公園の時計を見た。


 「え?やっば!もう行かないと――――えっと、涼花でいいのか?」


 「いや、今の私は涼花ではない」


 俺は、彼女が言っている意味が理解できなかった。


 「それじゃあ、なんて呼んだらいい?」


 「うーん、そうだな……。ああそうだ、双葉鞠弥ふたばまりや。鞠弥とでも呼んでくれ」


 「わかった――それじゃあ鞠弥、またな。今度ゆっくり話を聞かせてくれ」


 「ああ、了解した。また今度、ゆっくりと――」


 謎の少女、鞠弥――――彼女と別れた後、俺は急いで学校に向かった。


 「竜一……。私は信じているよ。きっと君なら、いつか私の真実に辿り着いてくれることを――――そして私は、いつでも君たちを見守っているからね」


 その後、俺は学校まで走った。こんなに走ったのは、久しぶりだった。


 「なんとか間に合ったぁ……。お、めぐみ」


 「お兄ちゃん、大丈夫?先生が来てくれるから、ここで待っていればいいんだって」


 「そうか、ありがとう」


 俺は先生が来るまでに、呼吸を整える。


 「やあ、お待たせ。えっと、仲野竜一君に、妹のめぐみさんだね?話は健一郎けんいちろうから聞いているよ。ついでに私は、この学校の校長をやっている者だから、これからよろしく」


 「――――――」


 校長先生の口から父さんの名前が出た時、俺は言葉を失った。


 「あれ?竜一君たちのお父さんの名前って健一郎だよね?」


 「あ、はい。父の名前は健一郎です。」


 「そうだよね。いやぁ、よかったよかった」


 校長先生は明らかに俺たちの父さんのことを知っていた。


 「あの、失礼ですが、父とはどのようなご関係で?」


 「ああ、そうだったね。実は私と君たちのお父さんとは昔からの友人でね。君たちがこの学校に来ることは、彼から聞いていたんだ」


 「そうだったんですか……」


 (父さんは、なにも言っていなかったぞ!)


 「おっと、このままでは大切なことを忘れてしまいそうだな。それじゃあ、君たちの担任に挨拶しに行こうか」


 「はい、わかりました」


 「……は、はい」


 そういえば、めぐみが意外と人見知りだったことを今、思い出した。


 「えっと、仲野竜一君ですね?担任の池崎純一いけざきじゅんいちです。これから一年間、よろしくお願いします」


 「あ、はい。これからよろしくお願いします」


 この先生はとても真面目そうな先生だった。


 だがしかし、そんなことよりも俺は、めぐみの方が気になっていた。


 「あなたが仲野めぐみさんですね?私が担任の松坂早苗まつざかさなえです。これからよろしくお願いしますね」


 「えっと……。は、はい、よろしく、お願いしましゅ!」


 案の定、めぐみは緊張して、おかしな言葉遣いになっていた。


 「めぐみさん、大丈夫ですか?」


 「ふぇ⁉は、はい、大丈夫、でしゅ!」


 誰が見ても、明らかに大丈夫ではなさそうだった。


 そして、俺がめぐみの方を見ていると、池崎先生が話しかけてきた。


 「竜一君、妹さんが心配ですか?」


 「え?……ああ、すみません。少し気になったので」


 「なるほど、2人は仲がいいんですね。でも、心配する必要はないと思いますよ。……ほら」


 俺は、池崎先生の言葉を聞いて、めぐみの方を見る。


 すると、既にめぐみと担任の松坂先生が仲良くなっていた。


 「なっ⁉あのめぐみが、俺以外の人と仲良く話している、だと……」


 (この数分の間に、一体何があったというんだ……。気になる……)


 「すごいですよね、松坂先生は人の緊張をほぐす天才なんですよ」


 「そ、そうみたいですね……」


 俺は、未だに信じられなかった。あのめぐみが――俺以外の人と仲良くしていた。


 「それでは、教室に行きますか」


 「はい、わかりました」


 俺は池崎先生に案内をしてもらい、自分の教室の前に到着した。


 「それでは、私が呼んだら入ってきて下さい」


 「わかりました」


 俺も少し緊張してきていた。


 (どんな人たちがクラスメイトなんだろう……。いい人たちだと嬉しいんだけどな……)


 「皆さんおはようございます。……ところで、今日は皆さんに、転入生を紹介したいと思います。竜一君、入ってきていいよ」


 先生に呼ばれて、俺は教室に入る。


 「では、竜一君。自己紹介をお願いします」


 「はい。……えっと、仲野竜一です。10年前までは、こっちに住んでいたので、俺のことを知っている人もいると思いますが、俺はあまり覚えていないので、知っている人は、話しかけてくれると嬉しいです。……あ、俺のことを知らなくても話しかけてくれると嬉しいです。……これから一年間、よろしくお願いします」


 自己紹介を終えると、「よろしく!」という言葉と共に拍手された。


 「それじゃあ、竜一君の席は――琴音君の隣がふたつ空いているから。……では竜一君、あそこの席が空いているから、こちらから見て、右側の席に座ってくれるかな」


 「はい、わかりました」


 俺は、先生に言われた席に座った。


 両隣を確認すると、右側は空席になっており、左側には女の子が座っていた。隣の彼女はずっと、外を眺めていた。


 「あ、あのぉ。……お隣になった仲野竜一です。よろしくお願いします」


 彼女は何かに驚いたのか、急に俺の顔を見てきた。


 「――ねえ。あんた今、仲野竜一って言った?」


 「え?そ、そうですけど……。あなたは?」


 「あたし?あたしは片桐琴音かたぎりことね。よろしく、竜一……」


 「え?……ああ、はい。よろしくお願いします」


 (初対面の人に下の名前を呼び捨てにされるのは久しぶりだな……。あれ?前にもこんなことがあった気がする)


 なぜか俺は、彼女のことが気になっていた――が、授業中はなるべく授業に集中するようにしていた。


 ――それから、昼休み。


 「あ、あのぉ、片桐さん?俺たち前に会ったことあった気がするんだけど……」


 「……は?覚えてないなら、会ったことないんじゃないの?」


 「そ、そうだよね……」


 俺の言葉を聞いて片桐さんは、なぜか不機嫌そうな顔をしていた。


 ――そして、それは突然やってきた。


 「おい、仲野。ちょっとこい……」


 俺はクラスメイトの1人に呼ばれた。


 「う、うん」


 (こ、怖い。俺何かしたのか?もしかして、片桐さんってクラスのマドンナ的存在だったのか?)


 俺は恐怖を感じつつ、そのクラスメイトについて行った。


 「ここでいいや――お前、片桐と知り合いなのか?もし違うのなら、あいつと関わるのは、やめておけ」


 「え?それってどういうこと?」


 「あいつは、誰かを待っているみたいなんだ。だから、他の男子には興味が無いらしい」


 「そ、そうなんだ。教えてくれてありがとう」


 「おう。……てか、ホントに忘れているんだな」


 クラスメイトが言った言葉に、俺は動揺していた。


 「え?えっと、誰でしたっけ?」


 「酷いな……。お前の親友の山内和也やまうちかずやだよ。覚えてないのか?」


 「えっと、山内……。なんとなく、覚えているような」


 「マジかよ。……まあ、これからよろしくな、竜一」


 「ああ、よろしく……」


 和也は最初、俺のことを仲野って呼んだ――が、片桐さんは俺のことを最初から竜一って呼んでいた。


 「……もしかしたら、片桐さんも――」


 俺が考えていると、いいところでチャイムが鳴ってしまった。


 「おっと、教室に戻らないとやばいな……」


 「そうだな……」


 チャイムの音を聞いて、俺と和也は教室に戻る。


 しかし俺は、あるひとつの疑問が思い浮かんでいた。


 「――なあ、和也。お前は何も知らないのか?」


 「ん?なんのことだ?」


 「お前、俺と親友なんだよな?もしかして、片桐さんのことも、何か知っているんじゃないか?」


 俺が聞くと、和也はそれの言葉を待っていたと言わんばかりに、目を輝かせていた。


 「ああ、知っているとも……。でも、それは言えないんだ。約束らしいからな」


 俺は和也の言葉を聞いて、何も言えなくなってしまった。俺は大切なことを忘れている気がしていたからだった。


 (俺は、どうして覚えてないんだ。大切な記憶。忘れちゃいけない記憶。俺は、そのほとんどを忘れてしまったのか……)


 そして、昼休み後の授業は、全く集中できなかった。


「あいつが言っていた約束とは、なんのことなんだ――――」


 しかし俺の意識は、そこでなくなった。

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