元の世界の拠り所
「……」
少女は黙ったまま、わずかに首を傾げました。
「もちろん来たい間は来てくだされば嬉しいです。どちらにせよ、無理にとは言いません」
「……思い出した」
「え?」
何か別のことを考えていたのでしょうか。少女は観覧車の話をあまり聞いていなかったようです。
「お姉さんに『念がこもるからやめた方がいいよ』って言われたあと。私、『それでも物を大切にしたい』って答えたの。そしたらね、変なんだよ……お姉さん、すごく嬉しそうにニコニコ笑って『やっぱりね。あなたはそうだと思った』だってさ」
「……」
「お姉さんの方から『やめた方がいい』って言ったのにね」
少女がごく自然に、観覧車に意識の流れを向けた理由……。それが今分かったような気がしました。
少女はきっと元の世界で多くの物を大事にしていたのでしょう。観覧車に話しかけるのも少女にとっては普通のことだったのです。自分たちに対して特になんとも思わない人間も多い中、彼女のような人間も存在していたことに、観覧車は純粋に嬉しくなるのでした。
そんな観覧車に対し、少女はなぜか目を輝かせて言います。
「もう会わなくていいと思ったらあなたの方から離れてくれていい。でも私、今はあなたと一緒にいたい。観覧車のあなたも好きだけど、観覧車じゃなくなってもいいんだよ。道具でも動物でも人間でも花でも星でも、なんでも。性格だって話し方だって変わっていい。たぶんそういうことじゃないと思うから」
少女は観覧車の座席をぽんぽんと軽く叩きながら尋ねました。
「……ねぇ、これからも会いに来ていい?」
「それはもちろん……あなたがそうしたいと思ってくださるのなら大歓迎ですが……」
「そっか、良かった。いつかここでの時間が終わっても、またどこかで会えたらいいね」
「そうですね」
観覧車は少し疑問に思いました。少女が物を大切に思う人間だと分かったのに、観覧車じゃなくなってもいいとは一体どういうことでしょう。
しかしそれと同時に観覧車は、なんだかずっと昔から、こうして少女と一緒にいたような感覚を覚えるのでした。
観覧車が観覧車として存在していた時間……そしてこの不安定な世界で過ごしてきた時間も、大きな流れに比べればあまり長くはないのかもしれません。自分たちが遊具と乗客であったことが出会いのきっかけとはなりましたが、それは今回のきっかけに過ぎず、少女も観覧車も元は別の場所で、別のものとして関わっていたかもしれないのです。
いや、元は別のものというよりも、すべてはここと同じようにあやふやで、誰が何者であるかなどという答えはどこにも存在しないのでしょうか。
ある一時、人と物だった……そんな「今」しか存在しない世界。
さらに言えば、自分と相手、そして他者を「別物」として隔てる魂の壁さえも、実は存在しないのかもしれません。人であり、星であり、空間であった……上も下もなく、過去も未来もなく、生命維持の理屈もシステムも存在せず、自分が世界にいるのか、自分自身が世界なのかすら分からなくなりそうな今。
振り返ればすべて跡形もなく消えているかもしれない、小さな灯のような世界の中で、何も関係なく一緒にいられる相手がいることは随分と心強く感じられるのでした。
……観覧車はやっと先程の会話の答えを得たような気がしました。
もう何も気にしなくて良いのかもしれない、と。
少女よりは遥かに大きい観覧車ですが、見上げると二人の上には、果てしなく高い空が広がっていました。遠い空の上から見れば、人の手で造られた観覧車も、生き物たちと同じく小さな星の欠片なのでしょう。人と物との間に違いなどないのかもしれません。
ここから見える空は偽物でも作り物でもない……そしてこの世界も、閉ざされたわけではなく、空と永遠に繋がっている……。観覧車はそのような安心感を得ました。
そして思ったのです。もう観覧車であったことに縛られる必要はなく、何者でもなくなった自分も存在していいのかもしれないと。
「……今笑った?」
少女が観覧車に尋ねます。
「よく分かりましたね」
「ふふ」
可愛らしい女の子の声と、アナウンスのような音声がこだまします。
「本当に……良いのですか?」
観覧車は少女に何かを確認しました。
「良いんだよ!」
質問の意味を尋ねることもなく、無邪気に笑いながら、少女は答えます。
何かがぷつんと途切れたような、世界の感触。
しかしそれはこれからも続く、始まりのようでもありました。
ここよりずっとたかいところ 月澄狸 @mamimujina
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