記憶の中で
その後、少女と観覧車はぽつりぽつりと言葉を交わしながら景色を眺めました。
「あのお店も、あっちの建物もなくなったんだよ」
「そうなんですか」
「あとあっちもこっちもリニューアル。随分と明るくなったし、前とは全然違うんだ」
「へぇ……人の世の移り変わりは激しいものですね。私が存在していたときにも変化はありましたが」
この場所の景色は、観覧車が元の世界で最後に見たときのまま止まっているようでした。少女はというと、その先を知っているようで、建物を指差しながら元の世界の変化を伝えています。
その後も少女は観覧車に話しかけ続けました。
「誰もいなかったら普通、建物とかって壊れるよね。誰もメンテナンスしていないのにあなたがずっと回っていられるのって不思議」
「あなたもここだと食事とか必要ないですもんね」
「食事のこと知ってるんだ」
「お菓子など食べている人を見ましたからねぇ……飲食禁止でしたけど」
「そっか、今は私だけだけどたくさんの人を乗せたんだもんね。他にどんなことしてる人がいたの?」
「どんなって……観覧車なんだから景色を見るんですよ」
「それだけ?」
「……。この話はおしまいです」
「ふふ」
今度は少女がからかうように言いました。
「あなたはたくさんの人を見てきたんだもんね。なんでも知っているよね」
観覧車は自嘲気味に答えます。
「いえ、私が見た世界など、限られたものです。時間的にも……。あなたがおっしゃっていたように私はここから動かないのです。人々の普段の生活や日常のことは何も知りません。私が知っているのは人々が乗っていたときのことだけ。あとはお客様の会話や、ここから眺める景色から想像しただけですよ」
「ふーん。でもさ」
少女はゴンドラの窓から上の方を覗きながら言いました。
「あなたは私たちよりずっと空に近かったよね」
「地上から見ればそうかもしれません。けど私から見た空はずっとずっと高かったですよ」
「そう? 私たちが見上げたあなたはすごく大きくて、空に触れているみたいだった。……なんていうか、あなたは私たちとは違う世界を見ていると思うの」
「どうですかねぇ……」
「もっと自信持ってよ」
卑屈になるなとか自信を持てと言われても、観覧車は既に「役目を終えたもの」「必要のないもの」として表の世界から姿を消したのですから、自分の存在意義など感じられないのでした。
多くの人に必要とされ、せわしなくも楽しかった日々に思いを馳せてぼんやりとしていた観覧車は、しかし少女の次の一言で引き戻されました。
「ねぇ、ところで私たちって何なのかな」
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