思い出の在処
少女の目の前にある大きな影は、大観覧車の姿で現れました。少女以外に人影がないせいか、やけに大きくそびえ立ち、威圧感すら感じさせます。しかし少女は自分のぬいぐるみでも慈しむかのような目で、無機質な観覧車を見上げていたのです。
「まさかまたここに来られるなんて」
「会えなかったら寂しいでしょう」
「あなたが会いに来てくれたの? 私は動けるけどあなたは動けないのに……。観覧車が会いに来るなんてなんだか不思議ね」
「実際には私が会いに来たというより、あなたの意識に潜り込んだ形ですけどね。私を忘れてしまった人には会えませんから」
「ふふっ、なんだか、信じないと姿が見えない妖精みたい」
「そうとも言えますかね。実際私はいるんだかいないんだか分かりませんから」
人間と、大きな物。異なる2つの存在ですが、友人との再会を喜ぶかのように親しげに言葉を交わしています。
どうやらここは現実世界ではないようです。不安定なこの世界では、人間と観覧車が言葉を交わすという奇妙な光景にも納得してしまうような空気が漂っているのでした。
会話する2つの存在を奇妙だと訝しがる通行人の姿もありません。この空間で見える景色は、記憶から生み出されるただの映像のようなのです。
ここに実際に存在するらしいものは少女と観覧車しか見当たりません。その2つの存在すら、本当にあるのかどうか不確かではありますが……。
彼女らもここが現実ではないことは知っているようで、誰はばかることなく、当然のように会話を続けるのでした。
「今でも私を覚えていてくれるのはあなたくらいですよ」
先程の言葉からやや間を置いて、観覧車がポツリと言いました。
「えー、そんなことないでしょ? だって大人気だったじゃない。空いているときもあったけど、並ばないと乗れないときも多かったよ」
「人の集まりなんて一時のものです。いつしか忘れてゆき、また別のものに集う。それが人間というものでしょう」
「えー、でも絶対思い出す人多いと思うけどな……。あなたの探し方が足りないんじゃない?」
「もう私が消えたと思っている人が多いんです。大体観覧車に会えるとも会おうとも思っていないですしね。私は無言で回っているから良かったのです」
「もう……。そんな卑屈にならないでよ」
少女は呆れたようにため息をつきました。
観覧車は、多くの人を喜ばせ愛された誇りを失ったわけではありません。その証拠に凛とした姿勢を崩さず、今も一定のペースで回り続けながら天を仰いでいるのです。
しかしそれは乗客を待っているのか、自分の意識が朽ち果てるのを待っているのか……。残留思念のように取り残された観覧車にも、よく分からないのかもしれません。
「とりあえず乗せてもらっていい?」
観覧車なんだから。そう言いたげに少女は観覧車を見上げました。
「もちろんです。どうぞ、どうぞ。お好きなゴンドラをお選びください」
やはり乗客がいることは嬉しいのか、観覧車は心なしか上擦った様子で答えましたが、すぐに平静を保とうと、落ち着いた態度を演じるのでした。
「気が済むまで何周でも回っていて良いですよ。料金もなければ交替もないですから」
「えへへ、新鮮だねぇ。前もそうしてもらったけど。……係の人とか誰もいないのも変な感じ」
「いつだって誰もいないんですよ、ここは。あなたがいるとき以外はね」
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