端緒考察
「
「一緒に行く!」
私は食い気味にそう答える。
これで、今日のクリスマスデートの次のイベントが確定した。
カップルの定番イベントって、つい先日までまさか自分が体感するとは想像すらしなかったけど、こうしてショッピングモールのフードコートで向かい合ってハンバーガーを食べている行為も、なにやら特別感が満載なのだ。
ただ、食べている姿を正面から見られるってのは、全然慣れず、食べ方の所作にかかりきりで、味覚は拗ねてストライキ中だ。
「良かった。それで、えっと…」安堵の表情の後に何やら歯切れの悪い様子。
「どしたの?」
「ひょっとしたら僕の友達も一緒に行くかも知れないんだ」
伺うような上目使い。ホント、学校で見せる彼の表情は全体の何パーセントなんだろうか…この気付きも交際の特権なのだろう。
私だけに見せてくれる表情って、ヤバい。語彙も失うほどヤバい。
まさか自分がこんなに独占欲が強いとは思わなかったけどさ。
「凪海?」
「あ、ごめんトリップしてた。で、お友達?私の知ってる人?」
「同じ部活の矢田部、二組の」
あ~矢田部くん。ちゃらい感じで喜怒哀楽が強くてガタイのいい矢田部くん。
「社交的で感情豊かでスポーツマン風の人だよね。知ってる」
言葉のオブラートは処世術なのだ。
「あ~まぁ、ちょっと性格的には軽いヤツなんだけど、僕の幼馴染でさ、毎年初詣には一緒に行ってるんだ。で、今度は一緒に行けないかもって言ったらさ、しつこく聞かれて、凪海と付き合い始めたからって話したら、オレも一緒に行くって」
いつも連れている女の子が違うという矢田部くん。
「博愛主義の矢田部くんは何を思ってそう言ったの?」
「挨拶がしたいんだってさ、凪海に。もし凪海が嫌なら断るけど」
あ~まあ理解できる。挨拶なんかじゃない、私の検分だろう。
「いいよ。私も広斗くんの親友なら挨拶しておきたいから」
「そっか、ありがとう」
安堵したような笑顔。写真に撮ってパターン化したいなぁ。
そんな妄想をすることで、私は矢田部くんに会う緊張をほぐすのだった。
●○●○
「あらためて、矢田部颯真って言います。こいつの友人を十年以上やらせてもらってます」
初詣の後、ファミレスで私たちの合い向かいの席に座った矢田部くんは、再度ご丁寧にお辞儀をする。私の中の警戒度が若干下がり、先入観を戒める。
「ご、ご丁寧にどうも。えっと、先日より広斗くんとお付き合いをさせてもらっている相楽凪海です」ぺこりと頭を下げる。
「今日は二人の邪魔をしてごめんな。広斗にやっと春が来たって聞いてさ、ぜひ会って話をしてみたくて」彼はそう言って快活に笑う。
すっ、と人の心に入り込む雰囲気。私のようなプチコミュ障とは経験値が違う。レベルも高く、スキルもたっぷりと持っているのだろう。
料理を選ぶ際の気遣いや小ネタ、先日の県予選での敗退の悲喜、オーダーを取るお姉さんへの丁寧な応対、私7割、広斗くん3割といった声掛け、本当に同じ高校二年生なのかと戦慄する。
広斗くんも饒舌なところがあるけれど、それは主に自分の意見を述べる時だ。矢田部くんは自分の意見は出さず、相手の話を引き出し、広げ、つなげていく。
でもそれは相互理解のための会話と言うより、まるでインタビューを受けているかのようだった。
「ドリンクバー行って来るけど、二人はおかわりする?」
通路側に座る広斗くんは、私たちに気を遣ってか、かいがいしく世話をしてくれている。彼の立場から言えば、親友と彼女に仲良くしてもらいたいのだろう。
「あ、じゃあオレはスペシャルブレンドがいいな」
「好きだねお前…時間かかるぞ?凪海は?」
「このままおかわりでアイスティーを」
「了解。行ってくる」広斗くんは席を立ち、今日何度目かの矢田部くんとの二人きり。ぎこちない会話も少し慣れたけど。
「で、本当のところを聞きたいんだけど、広斗から告ったってのはホント?」
急に雰囲気も口調も変わる矢田部くんは、見定めるような視線を向けてくる。
そうだった。想像通りじゃないか私。
検分だって。
「うん。本当です」
落ち着け私。
「あいつはさ、昔っから一緒でさ、それこそ小学校の時はオレなんかよりよっぽどやんちゃでガキ大将みたいだった。で、小学校のカーストなんて運動ができりゃ男女問わず尊敬の対象で、あいつを好きになった女子はそりゃあ多かった」
わかる。私はそのカーストで言えば底辺に近い。
「中学でも同じ。ちょっと訳があって性格が大人しくなったけど、努力してるオレ
なんか比べるまでもなく、あいつはモテた」
訳ってなんだ。それを知りたいぞ。
「でも誰とも付き合うどころか、好きな女の一人もいなかった。一時はオレと広斗をカップリングするヤツまで現れたもんだ」
攻め受け論争が過熱したんだろうな。
「あいつはさ、ずっと言ってた。好きになるのはずっと想える確証が無いとダメだって。なんだそりゃってずっと思ってた。本気でオレのこと好きなんじゃないかってドキドキしたこともある」
嫌ですダメですあげません。
「そんなあいつが「彼女ができた」って報告してきたんだ。何の冗談かって思うだろ?もちろん俺は二年の全クラスの女子は知っているつもりだったけど、相楽さんは悪い、ピンとこなかった」
チャラ男のデータベースに載っていなかったことを喜ぶべきなのだろうか…。
「しかもあいつから告ったって聞いた。なあ、あいつは相楽さんに何て言ったんだ?何を好きになったって言ったんだ?どの部分を、ずっと想えるって確信したんだ?正直、オレの中ではあいつが何か大きな力に巻き込まれているんじゃないかって思ってる。そんな謎を解消したくて、この時を待っていた」
いい友達だな。悪の組織呼ばわりされた私にはちょっと失礼な内容だけど、気持ちは分かる。少しだけ保護者目線だけどさ。
「…広斗くんは私を好きになったんじゃないよ。彼は物語の登場人物を好きになって、たまたま名前も似ていた私に想いを重ねただけ」
「は?」
矢田部くんのきょとんとした顔。
「彼の好きなキャラクターは物語の中で死んでしまった。だから私は二次元の代用品。三次元での妥協案」
「え?あいつがそう言ったのか?」
「お待たせ、って僕が何を言ってたって?」グラスを三つ器用に持った広斗くんが帰ってきた。
「矢田部くんが恋多き人って話」
変な話を振った矢田部くんへの意趣返しでそう言って笑った。
雰囲気の戻った矢田部くんの恋バナも交え、三人で談笑を続けた。
そんな中で、以前、広斗くんと話した内容を思い出していた。
●○●○
「広斗くんが私を好きになったきっかけって何?」
「ん~、もらった小説の登場人物を好きになったのが最初。名前も似ていたし、なんとなく雰囲気も似ている気がして、イメージする時に凪海が浮かんでいたんだ」
「…キャラ萌えからの次元跳躍…」
「…まずかったかな?」
「いやべつにそんなことは…ただ、その時点で、話もろくにしていない私のことは知らないわけでしょ?考え方や頭の出来、運動神経や性格、交友関係その他モロモロって気にならなかった?」
つがいを選ぶ本能は、ひとえに優秀な遺伝子を残したいと思うのではなかろうか。そう言った意味では、彼は私のどんな部分に魅力を見出したのだろうか。そして、私は彼にふさわしいのだろうか?
「それって、好きになる前にいったいどれだけの情報を仕入れていればいいのだろうかってこと?」
「…そう言われると、最低限知っておく情報ってどんなのがあるんだろう」
「極論で言えば、好きになるって何の情報もいらないのかもね。顔だって、声だって、容姿だってファッションセンスだって、勉強ができるとか、運動ができるとか、それこそネットなんかで知り合って好きになるケースだってあるんだろうしさ」
「そうだね。性別だって関係ないかも知れないよね」
「だから五感を越えたところに、好きになるポイントがあるんだよきっと。もちろん、妥協して、打算を考えて、惰性でお付き合いするってケースもあるんだろうけど」
「そうだね…好きって言葉の定義だって人それぞれだもんね…広斗くんにとっての好きって、なに?」
「その対象を想い続けられると確信したときに生まれた感情」
知ってる。
その言葉は、私が彼を気になる存在に押し上げた端緒だ。
だからこそ踏み込もう。
「…その確信って、なにによって得られたの?」
「魂が教えてくれた」
スピリチュアルなことを言い出しました。
「…えっと…」
「ああごめん。別に宗教や思想やなんらかの影響ってわけじゃなく、まったくもって個人的な考えだよ。簡単に言えば、理屈じゃないってやつかな。まったく合理的な説明はできないけど、そこに不安を感じたりする?」
「そんなことないよ。今、ここにいて話をしているのは現実だし、私は広斗くんのそばにいて、意思の疎通さえできれば満足だから」
「それって、僕じゃなければダメな理由を教えてくれないかな?」
「…好きな人だから、じゃ、ダメ?」
「で、凪海にとっての好きな人って、どんな存在?そもそもなんで僕のことを好きになってくれたの?」
広斗くんはクスクスと楽しそうに笑いながら聞いてくる。
そういう流れになりますよね。
「今の広斗くんの存在は、その…一番大切な存在…の一人」
「まさかの二股?」
「ち!違うってば!えっと、広斗くんを好きになって付き合っても、今まで大事だった家族や友達だって大事だから、ゆ、優劣とか優先とかじゃ、ましてや他に好きな男子なんていないから!」
「ごめんごめん冗談だよ。で、僕を好きになってくれた理由は?」
「一目ぼれ」人を好きになるのに理由なんかあるもんか。
「…へぇ」
広斗くんは意外そうな表情を浮かべた後。
「そっか」と、嬉しそうに微笑んだ。
私は最近、笑顔にたくさんの種類があることを知った。
普段はポヤポヤと春の陽だまりのような雰囲気を纏い、誰に対しても穏やかな彼は、穿った見方をすると、フラットすぎて全ての対人関係に興味が無いのかとも思える。
誰に対しても公平ってことは、誰の特別にもならない。
サッカーをしている時の表情は少しキリッとして見えるが、試合中に感情の起伏を表に出すことはとても少ない。
広斗くんが世界と相対する部分はそんな二種類だけだった。
私と付き合うようになって、彼は知らない顔をたくさん見せるようになった。
それは私が気付いてなかっただけかも知れないが、私は毎日、たくさんの新しい広斗くんを体感している。
それがなにより嬉しいと感じている。
「…そんな理由でもいいの?」
広斗くんは私の答えにどんな意味を見出したのだろう。
まさか、呆れて苦笑したのかも知れない。
「凪海はさ、好きな食べ物や好きな服、好きな音楽に対して、なんで好きになったか合理的な理由をつけられる?」
「そう言われると、説明しづらいね」
「…いつのまにか好きだった。唐突に好きになった。誰かの影響で好きになった。きっかけなんてきっと色々なんだよ。僕にとってはさ、好きなものは、ずっと一緒にありたいって思うものなんだ」
「…大事なのは、何故好きになったかじゃなくて、どうすればその好きと一緒にいられるかってこと?」
「そ。だから僕にとっての好きは、ずっと想い続けられると確信を得た時の感情なんだ」
今度は「慈しむ」って言葉がぴったりの笑顔を向けられて、言葉に込められた想いを向けられて、私は恥ずかしくなって顔をそむけてしまう。
こんなストレートな感情、私のココロの障壁ではとても防御できない。
敗北、屈服、降伏…幸福です。
●○●○
「今日は邪魔して悪かったな。と、あ~相楽さん、なんか色々悪かったな、嫌な質問したよな」
ファミレスを出てすぐ、いたずらを怒られたような悪ガキの表情をしながら矢田部くんはそう言って頬をかいた。
「何の話?」広斗くんが反応する。あ、なんかキリッとしてる?
「いや、な、広斗がろくでもない嘘をついてるのが分かったからさ、相楽さんを疑って悪かったってこと」
矢田部くんもちょっと真剣な顔で広斗くんを見つめる。
え?嘘ってなに?広斗くんが私に?
「…嘘ってなんだよ」少し怒気のこもった広斗くん。こんな顔と声も出るんだね。
「好きになったきっかけ」
「矢田部!」
「なんで相楽さんに嘘つくんだよ。キャラ萌え?は?なんだそれ」
「……」黙る広斗くんは劣勢ということか。
でも、なんだろう。怖くない。
「相楽さん」矢田部くんが私を見る。
「な、なにかな?」
「こいつは、君に一目ぼれしたんだよ」
「はぁ…」
「広斗の中で、誰かを好きになるってのは特別なことだったんだ。意地みたいなもんでさ、知ってるか?人が誰かを好きになるには、消去法か妥協しか実質のところ無いんだよ。その中でこいつは理想を追ってたってワケ。その言い訳がずっと好きでいる確証ってやつだ。そんなの誰にもわかんないのにさ」
彼は続ける。
「この前さ、恥ずかしそうにオレに言って来たんだよ。好きな人ができた。彼女になってくれたって。でも、ずっと想える自信があるくせに、それを証明できないって言うんだ。なんたって、一目ぼれだってんだから。にもかかわらず、キャラ萌えからの代用品だ?」
「そんなこと言ってない!」広斗くんが口をはさむ。あ、言ったの私です。
「でも、きっかけがそうだってんだろ?なあ、なんで一目ぼれだったって言わず、そんなしょうもないエピソードにするんだよ」
元旦の冷気に晒された私たちはすっかり冷えてしまっていたが、顔だけは熱い。
そんな赤い顔の広斗くんは観念したように口を開く。
「だって、理屈じゃなかった。凪海を初めて見た瞬間好きになった。訳がわからなかった。なんで好きになったか絶対に理由があると思った。だっておかしいだろ?自分では誰かを好きになる定義付けまでしてたんだ。ちゃんとした理屈を積み上げて誰かを好きになっていくと思ってたのに、一目ぼれなんて、非科学的な…」
「とまあ、これが真相ってヤツ。相楽さん、自信持っていいぞ。こいつは理想に出会えたんだ。この広い世界のこの場所でさ、これって奇跡だよな」
ヒヒヒと笑いながら矢田部くんは、じゃあなと去って行った。
「…ごめんな。恥ずかしかったし、納得できないかと思って」
「一目ぼれ?」
「うん。キミのここがいい、こんなとこがステキだってきちんと理由が無いと、失礼にあたるというか、信じてもらえない気がして」
まあそうだよな。私ならまず壺でも買わされるんじゃないかって警戒するかな。
物語のキャラと私を重ねたのも事実だろう。だからこそ彼はキャラの命を絶った手段を防ごうと考えたんだ。
そうか、凪子を好きになったのは、私の後だったってことか。あ、嬉しいな。
嬉しいから、彼の冷たい手をとった。
瞬間に気付いたことがある。
「広斗くん、信じるよ。私だって一目ぼれだもん」
それでいいと、今、魂が教えてくれた。
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