第31話 大切なあなたのために -02-

「やっぱり、テオはずっと前から私が聖女だということを知っていたんだ……だから私に聖石を……でも、どうやってこれを?」


 私が、応接間のあのクローゼットの中に隠れて行っていたことを、テオが知っていたという事実に、私の胸はぎゅっと締め付けられた。


 テオも幼いメルでさえも知っていた。全てを知ったうえで私と一緒にいてくれた。


 その選択が二人の人生に大きな影響を与えてしまったというのに、ずっと私のことを考えてくれていた。


 私だけが、聖女という存在にずっと目を背けていたんだ。自分自身のことなのに……


 自分だけが本当のことを何も知らなかったという事実に、私は自分の浅はかさを思い知る。


 私は、飴玉ほどの小さな聖石を自らの手の中に大切に握りしめた。



「テオドールの使える魔法は【鑑定】だったみたいだ」

「かんてい、ですか?」


 アラン様の言葉に私は首を傾げる。


「ああ。鑑定は、誰がどんな魔法を使うことができるのか、を見ることができる魔法だ。場合によっては、人が持つ魔法だけでなく、花の名前や薬の名前、効能など、もちろん石がどんな力を持つ石なのか、ということまでわかるらしい」

「だから、テオにはこれが聖石だってわかったんですね」


 知らない人が見たら、とても綺麗なガラス玉だと思うだろう。私も聖石の存在を知らなければ、そう思ったに違いない。いや、知っていてもなお、綺麗なガラス玉だと思ってしまったけれど。


 やっぱり、あのシャンデリアに……


 そう思い、私は唇を噛み締める。


 あのキラキラしたガラス玉がたくさんついたシャンデリアの中から、この小さな一粒を探すなど容易であるわけがない。


 それなのに、テオは私のために聖石を探してくれた。


 あの日、イライジャ先生に怒られてまで聖石を探して、私に渡してくれた。イライジャ先生に殴られることになっても。


 だって、この飴玉をテオに貰った時、テオの頬は朱く腫れていたのだから。


 その朱く腫れた頬に、メルの真似をしてかけた私の優しい魔法は、聖なる魔法となりテオの頬を癒していた。


 そのことを私に悟られないように、テオは咄嗟に私から顔を背けた。


 今更ながら、私はそれを知ることになった。知ろうとしなかったのだから当たり前だ。


 無知は時として罪だ。やっぱり私は罪人だった。


 けれど、今度は目を背けない。全てを受け入れて、償いたい。テオには届かなくても、テオが託してくれたこの聖石と繋いでくれたこの命で。


「テオドールは、ソフィアのことを守っていたんだな」

「え?」


 突然、アラン様が言った言葉に、私は驚き聞き返してしまう。


「俺が言うのも変だけど、ソフィアの持つ聖女の力は強大なものだ。時に国をも揺らがすほど」

「……」

「怖がらせるつもりはない。もちろん俺はお前を守る、必ず。ただ、テオドールもそのことをわかっていたはずだ。もし、ソフィアの持つ聖女の力が、変なヤツに渡れば、きっと道具として扱われるだろうと。だから、ソフィアに聖石を託して、国に保護させることを選んだんだ」

「私がもっと、きちんと自分のことを知っていれば、もしかしたら孤児院襲撃事件は起きなかったかもしれないんですか? 私だけが、犠牲になればみんなは助かったかもしれない。それなら……」


 泣き叫ぶように私は言った。


「だからだよ。ソフィアに知られたら、きっとソフィアは自分だけが犠牲になる道を選ぶ。テオドールはそれさえもわかっていたんだな。本当に悔しいくらい、ソフィアのことを見てたんだな」


 もしも、聖女の力が悪い人たちの手に渡ったら、たくさんの人の命が駆け引きに使われ、たくさんの命をも奪われた。


 それこそ膨大な影響があったかもしれない、とアラン様が言った。だからと言って、孤児院だけで済んで良かったとは決して言えないけれど、とも言ってくれた。


 孤児院でのテオは、私の大切な家族であり、聖女としての私も守ってくれる騎士だった。


 そして、近い未来、奪われるかもしれなかったたくさんの命をも救ってくれていた。


 テオは、私の想像を遥かに超えるほど、立派な騎士様だった。


 私の小さな手から、聖石を包んでいた紙がひらりと落ちる。その包み紙をアラン様が拾い上げ、そして気付く。


「ソフィア、これ……」

「なんですか?」


 アラン様に促され、私は聖石をぎゅっと握りしめたまま、その包み紙の内側を見た。


 それは、テオからの手紙だった。


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