第30話 大切なあなたのために -01-
“あの日”から数日が経った。人身売買の組織は未だ壊滅には至っていない。
今回の件で、メルが匿われていた屋敷が、ある貴族が関係する物件だったらしく、その貴族と人身売買の組織の関係も含めて、引き続き慎重に捜査をしていくことになったらしい。
メルは、私と同じように王城で保護された。今では心身ともに回復し、ウィル王子から事情聴取を受けている。
「アラン様!」
騎士訓練場で、休憩中に装備の手入れをしているアラン様を見つけた私は、一目散に駆け寄った。
今度こそは、きちんとお礼を言いたかったから。
「鎧、お手入れしてるんですね」
「ああ、自分を守る大切なものだからな。もちろん自分だけでなく、大切な人も守ってくれる」
鎧にはたくさんの傷跡がある。きっと、私には想像もできない過酷な現場とそれを乗り越えるための訓練で付いた跡なのだろう。
それを見るだけで、騎士という責務の重さがどれほどのものなのかを、ひしひしと感じる。
「本当に助けてくれてありがとうございました」
私は深々と頭を下げてお礼を言った。前回、言いそびれてしまった分も、心を込めて。
「当たり前のことをしただけだ。それに聖女様を守る騎士であるということは、騎士にとっての誇りだ……というのは建前で、俺の手でソフィアを絶対に守りたかった。命を掛けてでも」
アラン様は、私を救い出してくれたその大きな手で、私の頭を優しく撫でてくれた。
少しだけ恥ずかしくて、でも、とても嬉しかった。
「もう大丈夫なのか?」
ふわりと香るラベンダーの香りが、さらに私の心を擽る。
「私はもう大丈夫です。アラン様こそ、無茶はしないでくださいね……」
「約束は、できないな」
「それなら、私は聖女として、最前線で戦う騎士のみなさまを守ります。私は守られるだけでなく、大切な人を、アラン様を守りたい。だって、あなたのために死ぬ、って約束したんだから」
私はアラン様の瞳を真っ直ぐに見つめ、力強く誓った。
自分のすべきことをもう迷わない、私は生きることを選んだ、そう宣言したかった。
「と言っても、聖石はありませんが……」
けれど、あの時も聖なる魔法は使えた。
やっぱり『愛の力』のおかげなのかな、と思いながらアラン様を見てしまう。
愛の力、試してみませんか?
そんなこと、言えるはずのない私は、頬を赤く染めた。
「ソフィア、俺のために死ぬんじゃなくて、俺が殺す、って約束だろ?」
「同じことじゃないですか?」
「いや、違う、全然違う。俺は絶対にソフィアを殺したりなんかしないから」
「ふふ、それじゃ約束が違うじゃないですか」
「あの時の約束は、それでも死にたいって思ったら、の話だろう? そもそも俺はそう思わせない自信があったからな」
「あ、確かに……それどころか、今は……」
あの日、孤児院が襲撃されたときの私には絶望しかなかった。
それなのに、アラン様と約束を交わしたあの時、アラン様の手を取ったあの日から、絶望は希望へと少しずつ変わっていった。
今は“絶対に生きる”、“生きて幸せになってやる”という強い意思が、私の中にある。
それも全て、アラン様が私を見つけてくれたから。
いつの間にか、私たちはお互いに無言で見つめ合っていた。アラン様の瞳の中に私がいる。私の瞳の中にもきっと……
そして……
「はい、そこまで〜。厳粛な王城内、しかも騎士の訓練場でイチャイチャしないでくれるかな?」
「ウィル……」
「ウィル王子!!」
ウィル王子の突然の登場に、私は耳まで真っ赤に染め上げた。
私ってば、今、何してた? 何を期待してたの!?
周りを見回せば、休憩をしていたはずの他の騎士様たちがいなくなっていた。
いつの間にか、空気を読んでどこか別の場所へ行ってくれていたことに気付き、さらに私は恥ずかしくなる。
一方のアラン様は、邪魔されたとの恨みの眼差しをウィル王子に送っているではないか。
「ちょっと、アラン。これでも僕は王子なんだけど! いつも言ってるでしょ? まあいいや」
そして、ウィル王子は私に向けて優しく話してくれた。
「ソフィア、今ね、ソフィアの大切な妹のメルちゃんからお話しを聞かせてもらっていたんだけれど、メルちゃんがソフィアに会いたいって言っているんだ。連れてきても大丈夫?」
「はい。私もメルに会いたいです。メルとは今日でお別れなんですものね」
「ああ、新しい家族はソフィアの知ってのとおり、とっても優しい人だ」
「新しい家族か。メルに家族ができるのはとっても嬉しいですけど、いなくなっちゃうのは、やっぱりちょっと寂しいですね」
けれど、メルが決めたことだから。私は笑顔で見送りたい。
だって、会いたいと強く願えば、生きてさえいれば会えるってわかったのだから。
メルを呼びに行ってくる、とウィル王子が戻っていった。
途端、メルが王城からいなくなることが現実味を帯び、私の胸に淋しさが込み上げる。
今にも泣き出しそうな私の姿を見てか、アラン様は自身のポケットを探りはじめた。
きっと、あのチョコレートを出そうとしてるのかな、と思うと、少しだけ、嬉しくなる。
けれど、アラン様が思い出したように手に取ったのは、鎧についたあのお守りだった。
「あ、これ、ずっと入れっぱなしだったんだ」
アラン様は鎧に固く結ばれたラベンダーのポプリが入ったお守り袋から、一個の飴玉を取り出した。
それは、私にもとても見覚えのある飴玉だった。
「ふふ、いつのですか? 懐かしいな……」
それは、孤児院襲撃事件の日、テオに貰った飴玉だった。
あの、孤独で真っ暗な闇の中で、最後まで私を勇気づけてくれた、もう失くしてしまって見つからないと諦めていたあの飴玉が今、私の手の中に戻ってきた。
あの日、アラン様は私の手から零れ落ちた飴玉を拾い、失くさないようにお守り袋の中にしまっておいてくれたという。色々とあって、忘れていたらしいけれど。
私は、アラン様から飴玉を受け取り、飴玉の包み紙を開けた。
中から出てきたのは……
「飴、じゃない?」
私は思わず“それ”を空にかざした。
ガラス玉にも似た光り輝くその石は、太陽の光を反射して、とても綺麗に輝いていた。
「聖石?」
私の隣で一緒にその石を眺めているアラン様が呟いた。
聖女が生まれてくる時に、共に生み出される聖なる石。
それは、聖女の片割れとも言える石。
聖女だけでも、聖石だけでも、聖なる力を発揮することはできない。両方が揃ってはじめてその力が生まれる。
「どうして、聖石をテオが?」
ずっと探し求めていた聖石は、すでにテオから私の手に渡っていた。
ずっとずっと前から、テオは私が隠していたことを知っていた。
その事実に、私の瞳からぽたりと涙が零れ落ちた。
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