第28話 茜色の陽だまりの世界 -02- side テオドール
俺はある日、裏庭でこっそりと泣いているソフィアに出会してしまった。
泣いてない、と強がるソフィアを見て、守ってあげたいと、強く思ってしまった。
俺にはソフィアが泣いていた理由がわかっていた。だからこそ、このままではいけないと思いはじめた。
自分にできることは限られている。けれど、何もできないわけじゃないから。
そして、俺はとうとうイライジャに詰め寄った。もともと聖女という存在を隠しているのはイライジャだったから、ちょうど良かった。
組織の人間だ、聖女と聖石を渡せ、と。
さもないと、それ相応の攻撃を仕掛ける、と。
けれど、イライジャは聖石の在処を吐かなかった。力づくで吐かせることも考えた。それにはリスクを伴う。
あいつらの安全を確保してからにしようと、俺は考えた。安全が確保されるまでは、組織の人間に怪しまれないようにもう一つの仕事、商品の管理は続けた。
孤児院に引き取られた子供を鑑定して、魔法が使える子供がいたら組織に報告をする。すると、すぐに里親という名の客に渡る。
誘拐するよりも捕まる危険がなかったから、これはこれでよかった。
ただ、メルが魔法を使えるということは、報告できなかった。……したくなかった。
孤児院に来て一年が過ぎようとした頃、とうとう俺の元に組織からの催促が来た。
「聖女はいたが、聖石が見つからない」
本当のことを言った。嘘を言っても仕方がないからだ。
それならば先に聖女を送れ、聖女を確実に確保して、聖石は追って見つけ出せ、との新たな命令が下された。
だから、メルを聖女と偽って報告した。
そうすれば、聖石が見つかるまではメルは無事に保護される。
金になる商品に手を出すことがご法度なことくらい、組織にいる人間であれば誰でも知っていることだったからだ。
俺は、聖石を見つけ次第ソフィアと逃げて、メルを迎えに行こう、と計画した。聖石を見つけ次第……
だが、俺の予定は狂った。
孤児院にいる奴を全員殺してでも、聖石を手に入れる、だからお前も殺れ、との命令が来たからだ。
このままでは、ソフィアが危ない。
聖石の在処は予想がついていた。いつもソフィアがイライジャに呼ばれる場所“応接間”だと。
案の定、応接間にあった。少しだけ手こずったけれど、鑑定の力を使った俺は、無事に見つけることができた。
そして、聖石を手に入れた。
だが、イライジャに応接間に入ったことが知られてしまった。もちろん聖石のことはしらばっくれた。おかげで頬を殴られたけれど。
もう時間がない。ソフィアと一緒に逃げることはできない。一緒に逃げられない代わりに、約束を……
「さあ、最後の仕上げだ」
その日の夕方、俺はソフィアに嘘をついた。イライジャがソフィアを呼んでいる、と。
ソフィアは俺の嘘を素直に信じてくれた。少しも疑うことなく、俺の言葉を信じてくれた。
俺のことを、きっとソフィアは一度だって疑ったことはないのだろう。偽りだらけの俺なのに。
けれど、これできっと俺の計画はうまくいく。
だがその時、思いもよらぬ出来事が起きた。ソフィアが俺の頬が腫れていることに気付き、あの優しい魔法をかけてきた。
「痛いの、痛いの、飛んでいけ〜」
変わらない無垢な優しい笑顔で俺の頬に触れるソフィアを見て、
可愛すぎかよ……
思わずそう思ってしまった。
けれど、このままでは聖石のことがソフィアに気付かれてしまう。
今はまだ、ソフィアに気付かれてはいけない。
ソフィアを安全に逃がすためには、安全に保護してもらうためには……
ソフィアには絶対に気付かれてはいけなかった。
だから、俺は咄嗟に顔を背けてしまった。
本当は、ソフィアの喜ぶ顔を見て、ありがとう、と言って抱きしめたかったのに。
ソフィアが自分が偽りの聖女ではないと知れば、その呪縛から解き放たれるだろうことはわかっていたのに、言えなかった。
今の状況でソフィアが組織の計画を少しでも知ってしまえば、自分だけが犠牲になる道を選びかねないから。
だから、ソフィアにだけは絶対に気付かれてはいけなかった。
そして、ソフィアが応接間のクローゼットの中に入ったのを確認して、俺も応接間の中に入った。
顔を見られないように、電気もつけることなく物音さえ立てないように、慎重に応接間に入った。そして、クローゼットの鍵を閉めた。
「さようなら、またね。ソフィア……」
誰にも聞こえない小さな声で、俺はソフィアに別れを告げた。またね、という約束を付けて。
その夜、俺はイライジャを応接間に呼び出した。
組織の人間には、自分が鑑定の能力を使えるから、一番大変な応接間を探すと伝え、了承を得ていたから。
俺以外の組織の人間は応接間には近寄らせないように。
ソフィアの存在を絶対に悟らせないように。
そして、イライジャを殺した。
組織の人間とともに、孤児院を襲撃した。一夜にして、最も容易く俺の幸せの箱庭は、崩れ落ちた。
組織に戻った俺は、真っ先に監禁状態のメルに会いに行った。
メルに全てを話す代わりに、俺はメルに心の内を読んでもらった。そうすれば、本当のことだけが伝わるから。
きっと全てを知ればメルは俺を拒絶するだろう。けれど、巻き込んだメルには伝えなきゃいけないと思ったから。
それなのに、メルは泣きながら笑った。そして……
「ソフィアお姉ちゃんを助けよう」
あの幸せだった日々と同じ、陽だまりのような笑顔でメルはそう言った。その言葉に、その笑顔に俺の心は救われた。
俺はメルを連れて逃げ出した。
メルの顔を見た者は殺して。幸いにも、メルの存在はほとんど知られていなかった。
聖石とともに上に報告するつもりだったらしい。だから急きょ、孤児院を襲撃することになったのか、と俺は気付いた。
逃亡先は、組織と癒着のある貴族が使わなくなった屋敷。
ここは、組織の人間に内緒でその貴族から鑑定の依頼を受けた時に使った屋敷だ。
誰も使っていないし、組織の人間もきっと知らない。そこで俺はメルと暮らしはじめた。
王城から出なければソフィアは安全だ。それにソフィアは本来あそこにいるべき人間だと、少しずつ俺はそう思うようになっていた。
それは即ち、メルももう二度と大好きなソフィアに会えないということ。
それなのに、メルは変わらず優しく笑ってくれた。そして、俺に優しい魔法をかけてくれる。
どこも怪我なんてしていないのに「痛いの、痛いの、飛んでいけ〜」と。
ソフィアが王城の外に出たことを知り、俺は、慌ててソフィアの後をつけた。
そこで見てしまった。可愛い恰好をしたソフィアが、嬉しそうに自由に歩く姿を。その笑顔が眩しくて、俺は思わず目を逸らしてしまった。
ソフィアは幸せなんだ、俺たちみたいに日陰を歩くのは似合わない、たとえ約束を破ることになっても潔く諦めたほうがいいのかもしれない
俺は、メルの優しい魔法に癒されながら、これからのことを考え始めた。
だが、事態は急変する。ソフィアが王城の外に出て、食堂で働きはじめたからだ。
「どうしてなんだ? なぜ、聖女であると言わない?」
俺は毎日のように食堂を見に行った。そこに、組織の人間が見に来ていたことにも気付いてしまった。
ヤツらにソフィアの存在がバレた……早くどうにかしないと。
そう思っても、ソフィアの近くにはあの騎士がいた。
橋の上でふわりと宙を舞うソフィアの笑顔に、胸が引き裂かれるような痛みを覚えた。
ソフィアはあの騎士のことが好きなのか、俺たちよりも……
だが、とうとう居ても立っても居られなくなってしまった。
橋の欄干に頬杖をついて佇むソフィアを見つけた俺は、思わず「ソフィア」と呼んでしまった。
悲しそうなソフィアの顔を見てしまい、そんな顔をさせたアイツが憎くて、でも、ソフィアへの想いが勝ってしまったから。
やっぱり一緒にいたい、俺がソフィアを守る。三人で幸せになるんだと、そう思ってしまったから。
その時には、再び新たな決意をしていた。
この命を掛けてでも、俺がソフィアとメルを守る騎士になると。
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