第27話 茜色の陽だまりの世界 -01- side テオドール

「なんで俺がこんなボロいところで暮らさなきゃいけないんだよっ」


 俺が孤児院にやってきたのは11歳の時。それまでは、人身売買を行う組織の一員として働いていた。今も、だけれど。


 子供でもそんな裏の組織で働けるには理由があった。


 俺の持つ特別な魔法【鑑定】だ。


 特に人身売買でよく求められるのは、性奴隷にするための見目の綺麗な女性だが、それよりも高値で取引されたのは、珍しい魔法が使える者だった。


 俺は見るだけで、その者がどんな魔法を使えるかを知ることができた。


 鑑定しては仲間に告げ、そして誘拐する。その過程で孤児院を仮の住まいとさせることも多々あった。


 だが、厄介なことに、その孤児院で数年前から聖女がいるとの実しやかな噂が立ちはじめた。




「お前どこに行ってたんだよ、探したんだぞ」

「どこだっていいだろ」

「よくねえよ。お前に仕事だ。例の孤児院に潜り込んで聖女を探せ、だってよ」


 突然の命令に、俺は堪らず声を荒げた。


「俺が孤児院で聖女探し!? ふざけんなよ!!」

「聖女を探しながら、商品の見張りをするんだ。はじめからそうしとけばよかった。イライジャのやつが一人で金を儲けようとしやがって」


 仲間のイライジャという男が、数年前から孤児院に入り込んでいる。俺自身は面識はないけれど。


 そいつが、聖女で金儲けしをているっていう噂が組織の中でも広まって、とうとう上の者が動き出した。


「ま、鑑定すればいいだけだから楽勝だな」

「聖石も忘れるなよ。あれがないと聖女がいても意味がない」

「はいはい」


 そして、俺は孤児院で暮らすことになった。もちろん聖女はすぐに見つかった。探すまでもなく、すぐに向こうからやってきたからだ。


 大人社会の裏の組織で過ごしてきた俺は子供と馴れ合いなんてしたくなかった。だから、決まって一人裏庭にいた。


 そこにひょっこりと現れたのがソフィアだった。


「あなたが新しい子? よろしくね。私はソフィアっていうの。あなたは?」

「聖女って、こいつかよ……」

「え、なに? 聞こえないよ?」


 俺は自分に話しかけてきた少女ソフィアを鑑定してみたら、ソフィアが聖女であるということがすぐに判明した。ただ、想像と違った。


 聖女と言うからには、それなりに綺麗な恰好をさせてもらって特別扱いでもされているんだろうな、と考えていたからだ。


 ソフィアは、見るからにしてあまりにも見窄らしかったから。それは孤児院にいる他の子供たちと全く変わらなかった。


 イライジャは自分のことしか考えないか、と俺は勝手に納得をした。納得はするものの、可哀想と思う気持ちは、正直言って少しもなかった。



「ねえったら!」


 どれだけソフィアに話しかけられても、はじめは無視をしていた。


 あとは聖石を探せば終わる。けれど、ソフィアが聖石を持っている様子などなかったから。俺にとって、ソフィアと馴れ合うことに価値などない。


 それでもお構いなしに、ソフィアは俺の周りにやってきた。


「なんだよあの女、毎日毎日うるせえな」


 そう思っていたある日の朝、突然ソフィアが箒を振り上げ、俺に向かってきた。


 俺は咄嗟に思いっきりその箒を自身の持っている箒で捌いた。


「やべっ」


 咄嗟のことで力加減を間違えた俺は、その箒を見事にソフィアごとふっ飛ばした。


 裏の組織にいる以上、俺もそれ相応の身を守る術くらいは心得ている。それも大の男相手に負けないくらいの。


 だから、ソフィアは見事なくらいふっ飛んで地面に倒れていた。


「うわー、泣かれる。本当にめんどくせえ」


 俺は心底嫌だと思った。けれど、やっぱりソフィアの反応は違った。


「すっごーい! やっぱりテオは強いね。思ってたとおりだ。騎士様みたい!!」


 拍子抜けした。そして、ソフィアの次に言葉にさらに驚く。


「ねえ、テオ、女の子が転んでるんだから起こしてよ」


 ソフィアが自分で立ち上がろうとせずに、俺に立ち上がるのを手伝わせようとしてきたのだ。


「やっぱり、めんどくせえっ!!」

「え、なに? 早く!!」


 ソフィアに再三しつこくせがまれ、俺はとうとう観念し、ソフィアを両手で抱き上げた。


 ソフィアは痩せ気味の小さな女の子。やはり力加減を間違えて、思いっきり抱き上げた。


 空高く、宙を舞うように。


 その時のソフィアの満面の笑みが、忘れられなくなった。




 それから毎日、ソフィアは箒を持って俺に決闘を申し込んできた。懲りずに、毎日、毎日。


 いつからか、ソフィアの後ろには、決まってメルが付いてくるようになっていた。まるで親鳥の後を追う雛鳥のように。


 俺はメルを鑑定して驚いた。


 触れた人の心の声が読める、と知ったからだ。メルにだけは絶対に触れないようにしようと思った。


 だが、その時はやってきてしまった。


「テオもメルも大好き!」


 ソフィアがそう言いながら、俺とメルを一緒に抱きしめたのだ。


 やばいっ、俺が鑑定の魔法が使えて、ここにきた意味が、メルに知られてしまう


 俺は、そう思ってしまった。


 それは、メルにも聞こえていたはずなのに、メルは何事もなかったかのように「えへへ」と笑った。


 聞こえた、はずだよな? なんでこのチビ笑ってられるんだ? 俺が怖くないのかよ……


 俺はなぜだか、その時とても安心したのを覚えている。


 それは、任務に支障が出ずにすみそうだからか。それとも、本当の俺を知っても、変わらずにいてくれる気がしたからか。


 きっと、自分でも気付かぬうちに、今が大切になっていたから。それがまだ続けられることに、心底安堵したのだと思う。


 それから、三人で一緒にいることが増えた。


 羨ましくなるほど純粋で屈託のない笑顔で笑うソフィアがいて、全てを知っても受け入れてくれたメルがいる。


 俺は不思議と、この二人と一緒にいられるのなら、ずっとこのままでもいいかもしれない。


 言葉には出来ないけれど、そんなことを思いはじめていた。




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