第25話 偽りの日々にさようならを -03-

 私が連れてこられたのは、古びた屋敷だった。案内されたのは一番奥の鍵のかかる小さな隠し部屋。


 中に入るとそこには、


「ソフィアお姉ちゃん!!」

「メル? どうしてメルがいるの? メル、会いたかった!!」


 貴族の子供として養子に出されたはずのメルの姿がそこにあった。


 孤児院にいた時と変わらない、陽だまりのような笑顔で、私にぎゅっと抱きついてきてくれる。


 もう二度と会えないと思っていたのに……


 溢れる涙を抑えきれないまま、堪らず私もメルを抱きしめ返す。


「ソフィアお姉ちゃんに会いたかった!! 今ね、テオお兄ちゃんがメルを匿ってくれてるの」


 匿うという言葉に、私はテオの真意を知る。テオは私をメルの元に連れてきてくれたのではないか、と。


「メル、ここはどこ? いつからここにいるの?」

「ここがどこかはわからないの。でもテオお兄ちゃんがみんなで逃げようって。ソフィアお姉ちゃんを必ず連れてくるからって。孤児院を出て一週間くらいしてからかな? テオお兄ちゃんがメルを迎えにきてくれたの」

「そっか……」


 だからこそ、私は他のことも知ってしまった。


 テオはメルが養子に出された先のことを知っていたんだね。それに、孤児院で何が起こるかも知っていたんだ……


 私の瞳からポロリと涙が零れ落ちた。


 すると、私の頭に温かい小さな手がぽんと置かれた。


「ソフィアお姉ちゃん、痛いの、痛いの、飛んでいけ〜」


 メルは私の頭を撫でながら、優しい魔法をかけてくれた。メルに頭を撫でてもらうのは、初めてのこと。


 初めてなのに懐かしい気もして、心が擽ったくて、いつの間にか大きくなったんだな、って私は感慨深く思う。


「ふふ、心が痛かったのがどこかにふっ飛んでいったよ。メルはやっぱり聖女様だね。一緒にいるだけで癒されるし、陽だまりの中で日向ぼっこしてるみたいに温かい気持ちになれるんだもの」

「ふふ、ソフィアお姉ちゃんは、昔から変わらないね。大好き!」

「メル、私もだよ、大好き!!」


 私とメルが、離れていた時間を埋めるかのように語り合った。


 孤児院が襲われたこともメルは知っていた。孤児院のみんなのことを思い出して、そして一緒に泣いた。


 みんなのことを思い出せる人が私だけでなかったことが、私には嬉しかった。


 すると、テオが私たちのいる部屋へとやってきた。


「ソフィア、いいか?」


 テオの手招きを受け、私は部屋の外へと連れ出された。


「テオ、本当の目的は何? テオはどうして孤児院にいたの? テオは悪い人の仲間なんだよね?」


 私は居ても立っても居られなくなり、テオと二人きりになるとすぐに、矢継ぎ早に質問をしてしまった。


 孤児院襲撃事件のあの状況の中で、普通の子供に生き残ることなど不可能だ。それが可能な者は、孤児院を襲った犯人の仲間だけ。


 私はそのことに気付いてしまったから。


「ソフィアは知らなくていいことまで、知っちゃったんだね」


 テオは少しだけ悲しい顔で、でも、それを悟られないように静かに笑った。


「はぐらかさないで、今ならきっとまだ間に合うよ」

「間に合うわけないだろっ。何人死んだ? 何人俺が地獄に送ったと思ってるんだ?」


 悲痛な形相で叫ぶテオの言葉に、私は思わず息を呑んだ。


 痛い、テオの心が傷付いているのがひしひしと伝わってくる。ぎゅっと唇を噛み締めて、泣きそうになるのを必死に堪えた。


「俺がやってきたことをソフィアは知らないだろ? 人身売買のために誘拐して、余計なヤツは殺した。俺は孤児院で一緒に暮らしていた家族を売っていたんだ。監視して、逃げ出さないように……」

「でも、メルを助けてくれたんでしょ?」


 テオの言葉を遮るように私は口を挟んだ。


 罪を告白するテオの顔が、あまりにも辛そうだったから。今にも泣き出しそうなのは、私よりもテオだったから。


「くっ、あんなの気まぐれだよ、もういい、行けっ」

「テオ……」


 私の前に、あの陽だまりの中の記憶にある優しいテオの姿は、なかった。





 先ほどの隠し部屋に戻ると、メルが心配そうな表情で、私のことを待っていてくれた。そして、ぎゅっと抱き締めてくれる。


 小さいのにとても力強くて。いつの間にかこんなに大きくなっていたんだね。


 本当なら、テオと三人でぎゅっと抱きしめ合いたかった。何も知らなかったあの頃のように。


「ソフィアお姉ちゃん……」

「ふふ、大丈夫だよ。兄弟喧嘩なんて日常茶飯事だったじゃない! すぐに仲直りできるよ」


 けれど、このままではだめだ。メルをこのままここに閉じ込めてはいけない。


 何も知らなかったあの頃も確かに幸せだった。けれど、私たちの世界は、あの孤児院の中だけではない。


 私たちは、色とりどりに輝くとても大きな世界で生きているのだから。


 メルにはもっと幸せになって欲しい。陽だまりのような笑顔のメルだからこそ、陽の当たる世界で生きて欲しい。もちろんテオも。


 私一人では何もできないかもしれない。


 けれど、もうすぐアラン様がまた私を見つけ出してくれる、助けてくれる、外の世界に連れて行ってくれる。


 心からそう思えた。



「……ふふ、ソフィアお姉ちゃん、少し会わない間に、とっても綺麗になったね」

「!?」


 突然メルに言われた言葉に、私は一気に顔を赤く染める。


「ソフィアお姉ちゃんはもともととても美人さんだったけれど、さらに綺麗になった気がするの。もしかして、恋でもしたの?」

「メ、メル!!」


 あんなに小さかったメルが、いつの間にか、びっくりするくらいおませさんになっていて、私は言い返すことなどできなかった。


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