第24話 偽りの日々にさようならを -02-

 目が覚めたら私は王城の一角にある与えられた自室のベッドの上にいた。


「お目覚めになりましたか?」


 いつも通りの笑顔でアンジュさんが心配をしてくれる。それだけで、私はほっと胸を撫で下ろした。


「今はいつ、ですか?」

「えっと、孤児院に行った日の翌日の朝ですよ」


 結構眠ってたんだな、と私は申し訳なく思った。また、倒れちゃったんだな、と。


「また、ご迷惑をお掛けてしまいましたね」

「いいえ、心配はしていますけれど、迷惑はかかっていませんから大丈夫ですよ、それに、ふふ」


 アンジュさんが思い出したように笑い出したので、私はアンジュさんに尋ねる。


「何か面白いことでもあったんですか?」


 アンジュさんは、大きく頷き、よく聞いてくれたと言わんばかりに話しはじめた。


「それはもう! あの時、誰がソフィア様を王城までお運びになられるかで、騎士様たちが大乱闘。あれはもう見事としか言いようがありませんでした」


 アンジュさんもあの時、私に付き添って孤児院まで一緒に行ってくれ、馬車の近くで待っていてくれた。


 爆発にはもちろん巻き込まれなかったけれど、私の心配をしてくれたようで、すぐに私の元へと駆け寄ろうとしてくれた。


 それを押しのけるように「我先に」と騎士様たちが走りだしたという。


 私はそれを聞いて、恥ずかしくなる。そして気になることは、一体誰が私を……


「心配しなくても大丈夫ですよ。もちろん、アラン様がソフィア様を抱き抱え、指一本触れさせませんでしたから」

「……ということは」

「もちろんアラン様がここまで運ばれました」


 私の顔は、もちろん真っ赤に染まった。アラン様で良かったという気持ちが強いけど、やっぱり恥ずかしいから。



「ソフィア起きた? ちょっといい?」


 しばらくして、ウィル王子が私を尋ねてきた。


「もう一度、聖女の力を試してもらってもいい?」

「はい」


 ウィル王子は、それこそ運良く全く怪我をせずに済んだみたい。そして、負傷者たちのもとで状況把握に努めていた。


 だから、あの時の私の聖なる魔法の力を間近で見た一人だ。


 ウィル王子が、怪我をした騎士様を連れてきたので、私は試してみた。


 けれど、やっぱりできなかった。


「ご期待に添えなくて、ごめんなさい」


 私には、あの時と一体何が違うのか全く検討もつかなかった。もちろん捜索では聖石は見つからず、私の手元にはない。


「ううん。気にしないで。あっ! もしかして、アランが近くにいないと発動しないとか? 愛の力が必要、とか?」

「な、何をいきなり言い出すんですか!!」


 私の顔は耳まで真っ赤だ。もちろん怒って顔を赤くしたわけではなくて、ただただ恥ずかしかっただけ。


 愛の力、という言葉が。


 そんな私を見て「もう少しみたいだね」と嬉しそうにウィル王子が呟く。


 もしもこの気持ちが本当にそうなら、ウィル王子は応援してくれる気がした。


「ソフィアは今日は何するの?」

「お仕事です!」

「今日くらい休めば? シャロンさんには休むかもって伝えてもらってるよ? まだ目が覚めたばかりでしょ?」


 ウィル王子は私をとても心配してくれ、仕事を休むように勧めてくれた。


 聖なる魔法のおかげで幸いにもみんな無事だったけれど、それでもやはり、私の心の負担がとても大きいはずだからって。本当に優しいな。


「いえ、働くのはとっても楽しいんです」


 私は笑顔でそう告げた。


 本当に楽しいし、余計なことも考えなくてすむから。きっと今の私には忙しいくらいがちょうどいい。


 ウィル王子に「無理はしないでね」と言われ、私はこくりと頷いた。


 そして、準備をして私は食堂へと向かった。食堂に向かう途中の橋で待っていたのは、


「テオ……」

「ソフィアを迎えにきたよ。一緒に行こう」


 テオは私に手を差し出し、そして、にこりと笑った。その手を私は取ることができない。


「……できない。だって」

「孤児院での爆発」

「えっ……」

「あれはヤツらの警告に過ぎないよ? 次はきっと……」


 テオの切羽詰まった様相に、私は思わず息を呑んだ。


 どうしてだか、テオが焦っているのがひしひしと伝わってきた。


 同時に、孤児院での出来事が頭を過ぎる。


 無断で仕事を休むことはしたくない。けれど、お店に行った方が迷惑をかけてしまう気がした。


 もう大切な人たちを巻き込みたくはない。


「わかった。一緒に行く」

「じゃあ、ついてきて」


 テオの言葉に私は無言で小さく頷いた。


 もう一度テオの手が私の前に差し出された。けれど、私がその手を取ることはなかった。


 もう少しだけあの場所にいたかったと思ってしまうのは、私の我儘かもしれない。

 

 けれど、もっとあの人の側にいたかったと思ってしまうのは、私の恋心だと思う。


 愛の力、……試してみれば良かったな。


 そう思いながら、私は黙ってテオの後をついていった。


 テオと手を繋ぐことは、もう二度とできない気がした。




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