第23話 偽りの日々にさようならを -01-
私たちは聖石を探すために、とうとう孤児院に足を踏み入れた。あの残虐な惨劇の面影がまだ色濃く残る孤児院に。
正直言って、怖い。また、あの日と同じような出来事が起こってしまうのではないかと思ってしまう。
「ソフィアは一人でうろちょろするなよ?」
鎧を身に纏ったアラン様が私を心配してくれる。
ちょっと過保護なくらい心配してくれるものだから、少しだけ心が擽ったくて、怖いという気持ちが薄れていってくれる。
今日は聖石の捜索が主だという話だったのだけれど、いつ何が起こるかわからないと、一部の騎士様たちは完全武装まではいかないけれど、万全を期してくれている。
どれだけ心強いのだろうか。
「はい。みなさんのお邪魔にならないようにします」
「ソフィア、怖かったら手を繋いでもいいんだよ?」
ウィル王子がいつも通りの優しい口振りで私に提案してくれた。
「そ、そんな、アラン様にそこまでしていただくわけには……」
私はすぐにウィル王子のその申し出を辞退した。だって、ねえ……
私のその言葉に、一瞬にして顔を斜め上に背けたアラン様は、どうしてなのか、その耳は真っ赤に染まっている。
そして、その理由はすぐに判明した。
「アラン良かったね、ご指名だよ」
「え、えぇっ!! あ、あの、そんなつもりじゃ……」
ウィル王子にしては意地悪な笑みを浮かべたことで、私は気付いてしまった。
ウィル王子がわざと“誰と”と言わなかったことに。
「ウィル、この前の仕返しかよ」
「だって、アランとソフィアがうまくいってくれれば、僕の恋路を邪魔する人はいなくなるでしょ? だからソフィア、頑張って!!」
道理で最初から、ウィル王子が私に“アラン様推し”をしていたのか、その理由がわかった気がする。
聖石の捜索の傍ら、私はみんなが倒れていたという場所に案内してもらい、その場所に一つ一つ花を手向ける。
もちろん案内してくれているのはアラン様だ。ご指名じゃない。忖度はあった気がするけれど。
そして私は祈る。聖石はないけれど、自信を持って、聖女としての祈りを。
「心安らかに、眠ってください」
どうしてだか、少しだけ不思議な力が起きた気がした。
こういうのを言霊っていうのかな。
今まできちんと口に出していなかったから、余計にそう思えた。
八本目の花を持ち、私は応接間に足を踏み入れた。
あの日、緋色に染められた壁や絨毯は、すでに変色し、黒色を呈していた。
けれど、私の脳裏には、今もなお、残酷なまでの緋色が焼き付いて離れない。正直怖い。足がすくむし、全身が震え出す。
でも、目を背けない。
ここはイライジャ先生が倒れていた場所。目の前で刺されて倒れた場所。
私は手に持つ花を手向け、ここでも祈りを捧げた。
そして、アラン様からもう一本の花を渡される。
「え? どうしてもう一本? もういませんよ?」
「孤児院の子供はソフィア以外に全部で八人だろ?」
「はい、八人です」
トレッサ、ボブ、ジョー、アーサー、アーチー、テオ、トーマス兄さん、クロエ姉さん。
「あっ……」
私は気付いてしまった。
今まで、花を手向けたのは全部で八ヶ所。けれど、イライジャ先生を含めて。
アラン様は、知っている。私が隠していることを。私の顔は一気に青褪めた。
「ソフィア、お前、もう一人、本当は生きているのを知っているんだろう?」
アラン様は震える声を抑えるように、私に告げた。怒ってる、きっと、絶対に、怒ってるはず。
「ごめんなさい、隠すつもりはなかったんです。最近まで私も死んでいると思っていたんです。でもこの前、偶然……」
----ドッカァァン
その時、突然、孤児院のどこかで爆発が起きた。
鼓膜を突き抜けそうなほどの大きな音と風圧による衝撃が、襲いかかる。私たちのいる部屋までもがその衝撃を受け、次第に崩れ始めた。
「ソフィア、危ないっ」
頭上のシャンデリアが落ちるのと同時に、ガラス玉や破片が飛散し、私たちに襲いかかってきた。
……私はアラン様に守られた。
体躯の大きなアラン様が私を包み込むように守ってくれたから、私は運良く大きな怪我はせずに済んだ。私は……
「とりあえず安全な場所に避難だっ」
急いで部屋から出て、みんなが集まる。幸いにも逃げ遅れた者も死者もいなかった。
「みんな無事に逃げられたな」
けれど、負傷者がいないわけでもない。
集まった負傷者は、悲痛の叫びを上げ、痛みに唸り、踠き苦しむ。目の前で繰り広げられる地獄のような惨劇に私は茫然と立ち尽くす。
そして、鼻につく血の臭い……
「また、私のせいで……」
たくさんの人が死んでしまう、私のせいで、また……
「しっかりしろ、ソフィア!!」
私の両肩を必死の形相で揺さぶりながら、私の名を呼ぶアラン様の声が、聞こえてきた。
その声に導かれるように私はアラン様を見上げた。
苦痛に耐えるアラン様の顔から、血が滴り落ちる。
あの日のように、残酷なまでの緋色が、一気に私の目に飛び込んできた。
あの日の惨劇の記憶が再びが蘇る、目の前で、現実となって。
「あ、アラ、ン、さま……え、嘘……いや……」
身体中の力が抜け、足から崩れ落ちそうになる。目の前が真っ暗闇に堕ち……
「大丈夫だ、ソフィア、しっかりしろ! 俺を見ろ!!」
私は強く、アラン様に抱きしめられた。そして、一瞬にして、ラベンダーの香りに包まれる。
あぁ、そうだ、私は一人じゃない。もう目を背けないって、決めたんだ
だから、祈った。
瞳に大粒の涙を溜めて、この世界が滲んで前が見えなくても。
「どうか、みんなを助けて」
それは、あの孤児院での日々の癖だったのかも知れない。誰かを救いたい、と祈ること。
----聖なる魔法
できるはずがないって、そんなことくらいわかってる。けれど、私は祈らずにはいられなかった。
聖石も未だ見つかっていない。聖石がなければいくら私が本物の聖女だと言われても、その力は使えない。
でも、
「ソフィア、今、何をした?」
アラン様の言葉に私は涙を拭い、ゆっくりとアラン様から離れ、そして周りを見回した。
そこには、真っ赤な血を流して悲痛の叫びをあげていた人たちの、目の前で爆発に巻き込まれた人たちの、怪我が、
一瞬にして、治っていた。
----聖女様の力は本物だ
その場に湧き上がる歓声と記憶の中のその言葉に、私は初めて安堵して、ゆっくりと意識を手放した。
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