第22話 逢魔が時の優しい魔物 -04-

「ソフィア、何してるの?」


 私は優しい声で呼び止められた。今日は珍しく私一人で騎士訓練場へと向かおうとしていたところだった。


「ウィル王子! 今から騎士訓練場に行くんです。ウィル王子は学院はお休みなのですか?」

「うん、今日はやらなきゃいけないことがあって休ませてもらったんだ」


 この国では、貴族学院、貴族女学院、騎士学校という三種類の教育機関がある。


 貴族学院と貴族女学院はともに、12歳になる年から五年間、主に貴族の子息子女が通っている。途中編入も可能だ。


 騎士学校は、初級騎士学校が12歳になる歳から三年間、上級騎士学校が15歳になる歳から二年間だ。


 そして、ウィル王子は今、貴族学院に通っている。


 ウィル王子が今日休んだ理由は、急きょ来週、孤児院に捜索に行くことになったために、その段取りを組まなければいけなかったからだという。


 何から何まで迷惑ばかりかけてしまって、本当に申し訳なく思う。


 ウィル王子もこれから騎士訓練場まで行くというのでご一緒させてもらった。


「学院は楽しいですか?」

「うん。学ぶことはたくさんあるからね。それに貴族社会は人との繋がりが重要だから。ただ……」


 どうしてだか、ウィル王子は言葉を途中で止め、がっくりと肩を落とした。


「ただ?」

「共学が良かった。男だらけだと、むさ苦しいよ」

「ふふ、共学だったら、ウィル王子は大変じゃないですか? 今だって、少しでもウィル王子のお姿を拝見したいという女性が貴族学院の周りにたくさんいらっしゃるって伺いましたよ?」

「そんなこと、誰に?」

「アラン様です」

「……アランだって、人のこと言えないんだよ?」

「アラン様も? ……確かに、おモテになりそうですよね」


 私は改めてアラン様について考えた。


 アラン様の見た目は格好よう。すっきりとした顔立ちに、あの鋭い眼差しは、正直言ってドキッとする。


 普段がアレなだけに、笑ったときの破壊力は凄まじいものがあるし。


 それに背も高くて、さすが騎士様というだけあって、体格もがっしりしていて、きっとあの腕に抱き締められたら……


……って、私は何を想像してるの!!


「ソフィア、顔が真っ赤だけど大丈夫?」

「え、あ、大丈夫ですっ、まさかアラン様のことなんて考えてません!!」

「あはは、アランのことを考えてたんだ。アランのどんなことを考えていたの?」

「どんなことって……えっと、アラン様の……学生時代のことです!!」


 アラン様のことを考えていたということは、全くもって隠し通せなかったけれど、口が裂けても本当は何を想像していたかなんて、絶対に言えない。


 私はなんとか誤魔化した。誤魔化せているかは、怪しいけれど。


「騎士学校は初級騎士学校と上級騎士学校があってね、上級騎士学校は王城の騎士となる騎士たちの養成学校なんだ。アランはそこを首席で卒業したんだよ。見た目はあの通り格好良いし、学生時代からあの無駄のない逞しい身体つきは顕在だったから、僕も羨ましいと思ったよ。ご令嬢たちからは『あの腕に抱き締められたい』って黄色い声援が飛び交っていたみたいだしね」

「……すごい方なんですね」


 やっぱりウィル王子には私が考えていたことなんて、全てお見通しなんだなと、本当に恥ずかしくなる。穴があったら入りたい。


 そんな私を見て、ウィル王子は相変わらず優しく微笑んでくれる。


「僕も将来のために、特例で10歳になる年から二年間、上級騎士学校に通わせてもらったけど、訓練は地獄だったし、しかも、実務訓練先の先輩がアランだったから、思い出すだけでも辛い」

「アラン様が、直属の先輩……それは、地獄のような訓練の日々だったんですね。目に浮かぶような気がします」


 私だったら、絶対に死んでしまう。考えただけでも倒れそうだ。


「何が地獄なんだ?」

「ひょえっ!?」


 背後から突然アラン様が現れ、私は驚いた。私の相変わらずの驚きの声にアラン様が笑う。


「アランの騎士学校の話をしていたんだよ」

「あ〜、実務訓練中の王城のガーデンパーティーでウィルの想い人を助けた話しか?」

「アラン!!」


 ウィル王子の想い人という言葉に、顔を真っ赤に染めたウィル王子がアラン様を静止しようと声を張り上げた。


「ウィル王子の想い人? ぜひお聞きしたいです!!」

「ウィルはそれをずっと根に持って、俺に決闘を申し込んでくるんだよ。それがもううるさくて」

「……もうやめてくれ」


 ウィル王子は両手で顔を覆ったが、真っ赤に染まった耳までは隠しきれていなかった。


 最近の私は図々しくもウィル王子に対して、王子様だけれどなぜか弟みたいという感情を持っていた。


 こういう気持ちを庇護欲をくすぐるということなのか、としみじみと感じながら。


「ソフィアは、好きな人っていないの?」

「す、好きな、人……ですか?」


 突如、ウィル王子から放たれた質問に、私は一瞬アラン様の方に顔を向けそうになってしまった。


 ……きっと一瞬だけ、私の瞳はアラン様を見てしまったと思う。


「あはは、別に今、の話じゃなくてもいいよ。孤児院ではどうだったの?」


 今、の話は、ウィル王子にはダダ漏れってことなんですね、と私はもう諦めかけた。


 せめて本人にはバレないようにと必死で孤児院でのことを思い出す。


「えっと、孤児院では、みんなが仲良かったです」

「同い年の男の子とかは? 好きになったりしなかったの?」

「同い年の……」

「名前なんて言ったっけ? ソフィアに聞いたことあるよね?」

「……テオ、テオドールです。でも、そんな好きとか、その……」


 私は言おうか迷った。


 テオが生きている、ということを。再び私に会いにくるかもしれない、ということを。


 けれど、やはり言うことができなかった。


 孤児院での出来事の全てをなかったことになどできない。


 テオが生きているということ、それは本来なら喜ばしいことだけれど、それだけではないということも予想がついてしまったから。


 それに、テオが生きているということは、ウィル王子たちもすでに気付いているかもしれないとは思った。


 でも、確認することもできなかった。


 あの状況の中で、テオが生きているということ、即ち……




「ウィル、久々に決闘するか」

「え? どうしていきなり? アランも気になってただろ?」

「いいから行くぞ」


 そして、アラン様とウィル王子は私から離れて剣を持って向かい合った。


 私には、二人は何を話しているのかは聞こえなかった。


 けれど、ウィル王子が負けて膝をついたこと、アラン様はウィル王子にも容赦ないことだけは、はっきりとわかった。



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