第21話 逢魔が時の優しい魔物 -03-

「ソフィアのいた孤児院に聖女がいたっていうのは本当か?」


 それは唐突にアラン様から投げかけられた質問だった。思わずドキッとしてしまい、私は少しだけ言い澱んでしまう。


 私は今、ウィル王子とアラン様から、再度孤児院についての話が聞きたいと呼び出され、話を聞かれているところだ。


 この質問は、以前にもウィル王子から聞かれたことのある質問だった。


 その時の私は「孤児院では、自分の使える魔法を人に言ってはいけない決まりがあったから」と本当の理由をつけて「わからない」と嘘を答えた。今回は、


「……半分は本当で、半分は嘘です」

「は?」


 私の言葉に、アラン様は聞き返してきた。私はぎゅっと拳を握りしめ、そして告白する。


 私の犯してきた罪を。


「嘘をついていてごめんなさい。私が、みなさんが捜されている聖女なんです。けれど、聖女は聖女でも、偽聖女なんです」

「偽聖女?」


 私はこくりと頷いた。


 私の言葉にウィル王子もアラン様も何を言っているのか、理解ができないと言いたそうな不思議そうな顔をしている。


 無理もない。突然“偽聖女”なんて言われたら、誰だっておかしいと思うはずだ。


 けれど、それが私の犯してきた罪なのだから。

 泣かない。もう逃げないって決めたのだから、後悔はしない。


 あの日、死んでしまったと思っていたテオに言われた言葉。




 ----迎えにきたよ



「遅くなってごめんね」


 逆光で表情はよく見えなかったけれど、その声、話し方、姿形、私が感じることのできる全てが、あの日死んでしまったと思っていたテオそのものだった。


「テオ、生きてたの? 本当に? 嘘じゃないよね? よかった……私ね、今、王城で……」


 保護してもらってるんだよ、だからテオも一緒に王城で保護してもらおう、そう言おうとした。


「知ってる。全部知ってるよ。ソフィアが本当のことを話していないことも」

「え……」

「ソフィア、本当のことを言うつもりがないなら、一緒に行こう。また一緒に暮らそう」


 本当のこと、それはきっと私が偽聖女だということ。


 まさかテオが、私が偽聖女だって知っていたなんて。うまく隠せていると思っていたのに……


 きっと幻滅される。 


「……」


 私はテオの言葉に何も答えることができなかった。


 もちろんテオと一緒に暮らせるのは嬉しい。だから、王城で、ならきっと即答したと思う。


「あの男、あの騎士のことを好きになったの?」

「え!?」

「ソフィアは昔から騎士が好きだったもんね。だったらさっさと本当のことを言えばいいじゃん」

「やっぱり、きちんと言わなきゃ、だめ、だよね……」


 アラン様に隠していることを。


 今のままではだめなことくらい、もうずっと前から気付いていたくせに、アラン様の、王城のみなさんの優しさに甘えて見ないふりしていた。逃げていた。


 このままでは、今までの私と同じだ。罪は償わなきゃいけないのに……


「今日はこれくらいにして、もう行くね。これ以上ソフィアと話していると周りの護衛の人たちに怒られそうだから」



 ----さようなら、またね




 テオはそう言い残して去っていった。


 だからこそ、本当のことを伝えなければいけない。私の口からはっきりと。


 私は王城を追い出される覚悟で告白した。


「私が、偽聖女なんです。ずっとみなさんを騙していたんです」

「偽聖女? 騙す? ソフィア、わかるように話してくれるか?」


 わたしは唇を噛み締めながらこくりと頷いて、少しずつゆっくりと話しはじめた。


 私の犯してきた罪を、少しずつ。


「ずっと私、みなさんを騙して聖女のふりをしていたんです。ずっと、ずっと。出来もしないのに、祈って。イライジャ先生はそれでたくさんのお金をもらっていたんです」


 私は孤児院のクローゼットの中で行ってきたこと、クローゼットの中から見てきた全てのことを話した。


 もちろん、怪我した時に自分の傷を治そうとしても治らなかった、ということも。


 全ての罪を話し終え、私の震える身体は収まらなかったけれど、少しだけ安堵した私がいることに気が付いた。ほっとして涙が出そうになった。


 でも、もう泣かない。


「ねえ、ソフィア、聖石は?」

「え? せいせき? 成績は……今は普通くらいだと思います。いっぱい勉強しましたから」


 どうして突然ウィル王子が成績の話をしだしたのか、私にはわからなかった。


 けれど、聞かれたからには全て素直に答えようと、私は愚直にも素直に答えた。


 私のその答えに、アラン様は呆れ、ウィル王子は「かわいい間違いだね」と笑った。


「違う! ウィルが言いたいのは聖石だ。聖なる石。聖女様が生まれるときには、一緒に聖石が生み出されるはずだ。聖石は持ってないのか?」

「初めて聞きました」

「となると、もしかしたら、応接間に秘密があったのかもしれないね。聖女と聖石は、ある一定の範囲内に共になければ、聖なる魔法は使えないはずだから。あの孤児院に聖女がいたということに間違いはないから」


 孤児院の聖女の噂について以前から調べていたというウィル王子は断言した。


 聖なる魔法の恩恵を受けた貴族様たちから話を聞いていたらしい。


「じゃあ、私、みなさんを騙していなかったってことですか? 私、許されるの?」

「ソフィア、お前、許されるもなにも、感謝だよ。今までたくさんの人を救ってきたんだから」


 私の瞳から堰を切ったかのようにポロポロと涙が溢れ出す。そんな私をアラン様は優しい眼差しで見つめてくれた。


「となると、聖石の行方を探さなければいけないね。なにか目星のようなものがあればいいんだけど」


 ウィル王子の言葉に、私は記憶を巡らす。


 思い出したくない記憶、けれど、唯一の手掛かりになるかもしれない記憶を。


「……あの、みなさん『天から光が』って仰られていました」

「天から光?」

「あ、シャンデリアか。あの大きくて趣味の悪い」

「アラン!!」


 アラン様は応接間に大きいシャンデリアがあったのを思い出したみたい。


 覚えていた理由も趣味が悪いからだなんて、アラン様らしい気もして、少しだけ笑ってしまった。


「もう一度、孤児院に行くしかないね」

「ソフィアも行けるか?」

「はい」


 アラン様が私に心配そうに尋ねたので、私はもちろん即答をした。


「無理、しなくてもいいんだぞ?」

「無理はしてません。でも、あの、みんなにお花をお供えしてもいいですか?」


 私の言葉にウィル王子とアラン様は顔を見合わせ、そして優しく微笑んだ。


「もちろんいいよ。じゃあ、段取りをつけなくちゃいけないから、孤児院に行くのは来週くらいになりそうかな」


 私はみんなに祈りを捧げることができることが嬉しかった。


 聖石はないけれど、心から本物の聖女としての祈りを捧げられるということが。




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