第20話 逢魔が時の優しい魔物 -02- side アラン
「それで、エリー、あれから周りの動きはあったのか?」
俺は今、エリーから情報を得るために、母ちゃんの営む食堂に来ている。
すでに敵方は動き始めているとわかった今、昨日の情報をより詳細に聞き、今後の計画を立てるためだ。
「うん、さっきもそこにいたよ。今日は若い子の方だったな。あの感じだと、たぶん、仲間割れでもしたんじゃない?」
「どうしてそう思う?」
「どうしてって、昨日のことだけど、先に人相の悪い二人組が店を覗いてて、後から来た若い子が、その人相の悪い男たちを見た瞬間、反転して逃げたから」
エリーはソフィアが店内で働いている時、ときどき食堂を抜け出して、食堂の周りを警戒している。
見たことのない人物、怪しい動きをする者などを調べてくれている。
「仲間割れか、ソフィアに危害は?」
「まだない。あいつら店の周りをうろちょろするだけで、店の中に一度も入ってきたことないから。そんなにソフィアが気になるなら、常連客になるのが手っ取り早いのに。って、そんなに睨まないでよ。心配ならやめればいいじゃん。あいつら孤児院を襲撃した奴らでしょ? 殺されちゃったら……」
「それだけは絶対にさせない」
俺はエリーの言葉を遮り、強く言い放った。
「ふふ、本当に変わったね。大昔は適当な男だったのに。だいぶ逞しくなったんじゃないの? ま、ヒューゴの足元にも及ばないけどね」
俺の亡くした親友ヒューゴはエリーの婚約者だった。
俺とヒューゴが初級騎士学校時代からの親友で、そのときからすでにヒューゴの恋人だったエリーとも面識があった。
子爵家の令嬢のエリーと平民のヒューゴ、反対はあったけれど、王城の騎士になれたことで、ようやく親の許しを得たのに。
「俺がもっとしっかりしておけば、きっとあいつは死ななかった」
「アランのせいじゃないよ。ヒューゴがバカ真面目だったから。でもきちんと訓練生を守ってやったんでしょ? よく守ってやった! って言ってやりたいじゃん」
俺はエリーのこの明るさに救われていた。だが、エリーも辛い思いはいっぱいしてきた。
結婚を目前にヒューゴを亡くしたエリーに、両親はすぐに新しい婚約者を用意しようとした。
もちろんヒューゴを忘れられないエリーはそんな両親に嫌気がさして、勘当同然で家を飛び出した。
その時に、エリーに手を差し伸べてくれたのが母ちゃんだった。右も左もわからないエリーを、厳しく、そして娘のように可愛がってくれたのを俺は知っている。
エリーが悲しんでいる時に、俺は何もできなかったのに。
それからエリーを気にかける俺を始めとした王城の騎士たちが、この食堂に顔を出すようになった。
あの時、手を差し伸べることもできなかったから、せめて、今度何かあった時には助けられるように。
俺は騎士として生きている以上危険がつきまとう。エリーのように悲しませたくはないから、恋なんてそんなものしないと決めた。
「なあ、エリー、恋人はもう作らないのか?」
エリーは俺の質問に目を丸くして驚いた。
無理もない。俺がそんなことを言うのは、初めてのことだったから。
エリーは俺の問いに笑って答えた。
「ふふ、おかげさまで」
「えっ、いるのか!?」
俺は心底驚いた。エリーは確かに綺麗な女性だと思う。かなり気が強いけれど、性格もいい。正直言って、いない方がおかしいくらいだ。
ただ、やはりヒューゴのことがあったから。
「あら? この食堂の噂を知らないの? 王城の騎士御用達の食堂よ? かっこいい男なんてわんさか来るんだから。そのわんさかいるところにソフィアがいるんだから、早く素直にならなきゃ、誰かに掻っ攫われちゃうよ?」
「おめでとう、でいいのかな?」
正直まだ戸惑いがなくならない。もう忘れたのか、とも聞けるわけがない。
「ありがとう。でもヒューゴのことを忘れたわけじゃないよ。ヒューゴのことは絶対に忘れられない。でも、それも含めて好きになってくれるって。『俺はヒューゴ先輩以上にエリーを愛する』って言ってくれたんだから」
「お前、相手は俺らの後輩か!?」
俺は驚きを隠せなかった。全くもって聞いてない!!
「だから私は早くこの仕事を終えて、ラフィム公爵家の侍女という安全、安心、安泰な仕事につくんだから。アラン、ラフィム公爵に侍女のことを掛け合ってくれてありがとね」
「それはエリーの実力だろ?」
「素直じゃないんだから。素直に慣れないと言えば、もう一人、素直に慣れない可愛い女の子がいるわね。ずっとラベンダーの香りを気にしてるんだもの。さっさと教えてあげればいいのに。ヒューゴが亡くなって、ショックで一時期眠れなくなったから、私に貰ったんだって」
俺が滅入ってどうしようもない時に、エリーはヒューゴの形見なのに、あのラベンダーのポプリの入ったお守り袋をくれた。
俺はそれを鎧につけている。そうすれば、今も、騎士としてヒューゴが隣に立ってくれている気がするから。
「言えるかよ、そんなこと。お前だって、ヒューゴに、喧嘩っ早いから少しは落ち着けって、貰ったくせに」
「あら? ヒューゴは私と一緒にいると癒されるって言ってくれてたのよ?」
「ラベンダーの香りが、だろ?」
「本当にあんたは素直じゃないわね」
エリーは、本当に乗り越えたんだなと、俺は嬉しく思った。同時に、女は強いな、と。
「アラン、エリーからの報告をあげて」
「はい、ご報告します、ウィル王子。ソフィアが働き始めてから昨日で一週間。今日も含め、すでに四日ほど、食堂の周りで中を窺っている男三名を目撃した、とのこと」
俺は今、エリーから得た情報を報告している。
報告相手は、今回の事件の指揮を取るウィルとこの国の宰相ラフィム公爵だ。
「……アラン、お願いだから普通に話して。すごくやりづらい。いいですよね? ラフィム公爵?」
「まあ、今だけはいいでしょう。その方が話も進みやすいと思いますし」
ラフィム公爵は何事も柔軟に対応できる凄腕の宰相だ。そして何よりも、俺とウィルに甘い。とても良くしてくれている。
それは以前、俺とウィルが迷子になって泣いていたラフィム公爵の長女レイラを助けたからだ。
それから何かと俺のことを気にかけてくれている。要は、娘溺愛の宰相だということだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて。エリーの話だと、ソフィアを狙ってるのは人相の悪い男二人組と子供一人だそうだ。そして、こいつらは今、仲間割れしてるって話だ」
「仲間割れ?」
「ああ、人相の悪い男を見て子供の方が反転して逃げたって。だから、仲間割れじゃないのかって言ってた」
俺たちが、想像する仲間割れの原因は一つだった。それをラフィム公爵が告げてくれる。
「まだ孤児院の現場からは聖石は見つかってないですからね。おそらく……」
「はい、ラフィム公爵の察するとおりでしょうね。ご遺体の所持品にもなかったから」
「その子供が聖石を持って逃げたってことか?」
その子供については、すでに俺たちは目星がついていた。
その時、一人の騎士が俺たちがいる部屋の中に入ってきた。
「失礼します。至急のご報告です」
「どうしたの?」
ウィルが報告の許可を出すと、すぐにその騎士は告げた。
「本日、ソフィア様に子供が一人が接触した、との報告があがりました」
「何!?」
俺は思わず声を荒げてしまった。何というタイミングなんだ。
「ソフィア様は無事に王城に戻られており、接触についても、少しだけ会話を交わした程度、とのことです」
「その会話の内容はわかる?」
「テオ、という言葉だけは聞き取れたそうですが、橋の上での出来事だったので、距離をとっていて出遅れたとのこと、申し訳ございません」
「チッ、あの時か……」
俺はエリーから話を聞き終えると、報告のためにすぐに王城に戻った。その道中、ソフィアが橋の上から川を眺めていることには気付いていた。
だが、別の護衛の騎士が付いていたため、ソフィアに気付かれないように、先に王城に戻っていた。
俺が声をかけていれば……いや、そう思ってはいけない。喜ばなくてはいけないのに。
計画通りに事が進んだのだから。
「ソフィアが無事ならいいよ。テオ、という名前にも聞き覚えがあるしね」
「テオドール、か……」
「そう、孤児院で一緒に住んでいたソフィアと同い年の男の子。きっと内通者だね。それにご遺体も一人分足りなかったから。さすがにソフィアにきちんと話してもらわなきゃダメだね」
ソフィアを傷付けることはわかっている。けれど、話してもらわなければ。
俺が抱き上げたあの時に、ソフィアが笑顔を向けたテオドールのことを。
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