第16話 はじまりは偽りの優しさから -02- side アラン
「ずいぶん嬉しそうにソフィアのことを見るのね。アランにしては、可愛すぎる女の子を選んだんじゃない?」
「まあ、可愛いのは認める」
嬉しそうに、と言われたことも俺は否定はしない。
拾ってきた子犬が嬉しそうに働く姿を見て、喜ばない主人などいないと思う。そういう感情だ。
決して色恋なんて可愛いらしいものでは全くない。そんな残酷なものは、とうの昔に捨てたから。
「うわっ、なにそれ。惚気なら聞かないよ?」
「お前から言い出したんだろ? 特に深い意味はないよ。小動物みたいで可愛いってことだ。それより、どうだ?」
俺の言葉に、エリーは周囲の様子を窺い、誰も聞いていないことを確認してから、報告する。
「昨日と一昨日、それらしいのが来たわ。店には入ってこなかったけど」
「予想通りか」
「ねえ、危険ならやめさせなよ。ソフィア良い子じゃん。しかも素直すぎて世間知らずだし。今ならまだ間に合うよ?」
「ああ、分かってる。けど……」
「まあ、仕方ないか。組織を捕まえるための囮なんだから」
エリーは肩をすくめながら俺を見てきた。
エリーには俺たちの依頼を受けてもらっている。ソフィアの監視をしてもらい、いわゆる間諜でもある。要は、敵方の様子を探らせている。
だからエリーには全て話してある。もちろんこの食堂の母ちゃんにも。
俺らの作戦に、母ちゃんは断固として拒否した。そんな物騒なことに私もエリーも巻き込まれたくない、と。
あの時、ソフィアに会うまでは。いや、ソフィアの持つあのペンダントを見るまでは。
それは母ちゃんが、ソフィアの持つペンダントの本当の持ち主、孤児院襲撃事件の被害者のクロエという少女の母親だったから。
それは、ペンダントを見た時の母ちゃんの反応があまりにも不自然で、調べてたどり着いた事実だったけれど。
これが母ちゃんの言っていた運命ってやつだったのかと、俺は少しだけ胸が締め付けられた。
けれど、計画は遂行する。母ちゃんが断っても、俺たちの計画は他のお店に場所を変えるだけだから。
だから、母ちゃんは自分の手でソフィアのことを守ると決めたのだと思う。
その手で守れなかった我が子の代わりに、唯一の母娘の繋がりであったペンダントを持つソフィアを守ると。
母ちゃんはエリーに巻き込んで申し訳ないと謝っていたが、エリーはエリーで、この依頼の見返りで、望んでいたものが手に入れられるからちょうど良かった、と笑ってくれた。
全ては、俺たちの計画が、ソフィアを含め、関係する人たち全てに危険が伴い、非道でもあるからにすぎない。
俺は、店の中で一生懸命に働くソフィアを真っ直ぐに捉えながら、呟いた。
「ああ、奴らの狙いは聖女、だからな」
ソフィアが聖女だということは、王城で保護して早々に鑑定の魔法を使うことのできる役人が、ソフィアを鑑定して判明した。
あの孤児院には以前から聖女がいるらしいとの噂はあったから、一縷の望みをかけて鑑定したら、ソフィアが聖女だったのだ。
皆が一斉に歓喜の声を上げた。同時に、残酷な意見も出てくる。
あの状況下で生き残れることはおかしい、と。
組織の奴らの仲間なんじゃないか、と。
何よりの証拠として、ソフィアには聖女として重要なものが欠けているではないか、と。
それが見つかるまでは、どれだけ純粋そうなソフィアでも、限りなく白に近いグレーとしか言わざるを得ない。
もしも、奴らの仲間なら、たとえ聖女であっても到底許し難いことだと、上の者たちは判断した。
そこで、最後の手段に出た。
ソフィアを囮にして奴らを誘き寄せると。奴らは必ず聖女に接触を図るはずだから。
それが、どれだけソフィアにとって危険なことだとしても、ソフィアを傷つける結果を招くことになっても、計画は遂行せざるを得ない。
現に、ソフィアは嘘をついているのだから。「聖女を知らない」と。
俺はソフィアを監視することを命じられた。
ウィルのやつは「アランに惚れさせちゃえば良いんだよ」とか、ふざけたことを吐かした。
他人事だと思って無責任なこと言いやがって。
けれど、俺があの日、救いの手を差し伸べたからには、責任を持って最後まで救うべきだとは思っていた。
そうでなければ、俺はきっとヒューゴに顔向けできない。騎士として、失格だと思ったから。
それに、拾った子犬は最後まで面倒見るのが鉄則だから。
だから俺は、事あるごとに、アンジュにソフィアのことを尋ねた。
アンジュはアンジュで「じゃあ、騎士訓練場に連れて行きますよ。女の子は美味しいチョコレートが好きだから、とびきり美味しいチョコレートを用意しておいてくださいね。もちろん私の分も」とか言い出すし。
どいつもこいつも好き放題言いやがって。
で、騎士訓練場に訪れたソフィアを見て俺は驚いた。
俺が見たソフィアは、青白くて、細すぎて、触っただけで折れてしまうんじゃないかと、思わず心配になった。冗談抜きで、今にも死んでしまいそうなほどだったから。
まずは体力だ。だから、俺は毎日騎士訓練場まで来るように言った。
敢えて下僕という言葉を使って、色恋だとかめんどくさいことは嫌だから、女として見るわけがないと牽制までして。
あれだけ怖がっていたから、もう来ないかもしれないとも思った。それならそれで仕方がない、それが本人の意思なのだから。
けれど、意外なことにソフィアは毎日騎士訓練場に姿を見せた。怖いはずなのに、毎日毎日。
愚直なほど
そして、計画の一環で街に行くことになった。ソフィアをわざと王城の外に連れ出して、組織の奴らを誘き寄せる作戦だ。
待ち合わせ場所に現れたソフィアを見て、俺は心底驚いた。
アンジュのやつ、そうきたか……
正直言ってやられたと思った。男だったら喜ばない奴はいないってくらい、俺の想像を遥かに上回るほど、可愛く仕上げてきやがったから。
あとで、アンジュにはデートでもセッティングしてやろうと思うほどに。
ただ、街を歩いてみて、これはまずいと思った。ソフィアを見る男どもの視線に。
それは、俺がソフィアを守るべき対象だと思うには十分なほどだった。きっと、騎士としての本能だと思う。
街を歩けば、ほんの些細なことに感動して、ソフィアのその表情はくるくると変わった。
まるで、真っ白な紙に色とりどりの絵の具で順番に塗っていくかのように、たくさんの変化を見せてくれた。
俺は、それがたまらなく嬉しかった。ソフィアのその表情を、全て見たいと思ってしまった。
ソフィアの“初めて”を、全て俺が奪ってやりたいと思ってしまった。
俺、絶対にどうかしてる。
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