第14話 たくさんの“初めて”が嬉しくて -03-

 私はアラン様に連れられて、アラン様おすすめの食堂へとやってきた。


 ここは、王城の騎士御用達と有名な食堂みたい。アラン様をはじめとした王城の騎士様たちが、こぞって通っているとのこと。


 お袋の味と呼ばれるような庶民的な料理から、珍しい異国の料理まで、さまざまな料理が食べられて、安くてどれも美味いとアラン様が教えてくれた。


 おかげでお店に入る前から私のお腹が鳴りそうで、必死で堪えた。


「いらっしゃい、アラン」

「母ちゃん、久しぶり。エリーは?」


 母ちゃんと呼ぶこの女性は、もちろんアラン様のお母様ではない。


 母のように慕っていて、それでいて、怒らせると母よりも怖いとアラン様はこっそりと教えてくれた。


 世界で一番怖いアラン様が怖いと言うなんて、どれほど怖い存在なんだろうと思ったけれど、とっても優しそうな人だった。


 それよりも、どうしてか、エリーという人の存在が気になってしまった。もちろんそんなこと聞けなかったけれど。


 もしかして、アラン様の恋人なのかな?


 そう思うと、少しだけ胸がちくりとした。アラン様に恋人がいるということは、全く頭になかったから。


 確かにアラン様は格好良い。恋人の一人や二人いてもおかしくないと思う。けれど、怖すぎるから。


 ……と、結局は怖いに結びつけてしまう私。


 どうして恋人がいないと思っていたのかというのも、怖い、その一言に尽きるもの。


「エリーは買い出しに行ってるよ。なんだい、今日はずいぶん可愛らしいお嬢さんを連れてるんじゃないか。ようやく恋人ができたんかい?」

「ああ」

「え、ええっ!?」


 アラン様と全く釣り合うはずのない私を恋人だと言われたのに、アラン様が全く否定することなく平然と受け入れたことに、驚きを隠せなかった。


 でも、それを聞いて、エリーさんはアラン様の恋人ではないんだなと、どうしてか少しだけほっとした。


 そんな私に、アラン様はどうしてか、言い訳をし始める。


「なんだよ、彼女も下僕も一緒だろう?」

「違います! それだけは絶対に違います!!」


 最低な言い訳だった。


 彼女と下僕を一緒にするなんて、どれだけ不届き者なんだろう。本当に信じられない。


 私はもちろん口に出すことなどできるはずもないので、心の中で怒った。


 同時に、絶対にアラン様に彼女なんているわけない、と確信した。


「いちゃいちゃは食事の後にしておくれ。今日は何にする?」

「適当に頼むよ。そうだ、母ちゃん。異国のことに詳しいだろ? これはどこの国の物だ? ちょっとよく見てくれ」


 そう言いながら、アラン様は私にクロエ姉さんから貰ったペンダントを見せるように促した。


 先ほど、どこの国なんだろう、と何気なく言ったことを覚えていてくれたのだろう。


 私は首からペンダントを外し、母ちゃんと呼ばれる女性、シャロンさんに手渡した。


「詳しいと言っても、最初の夫が異国の人だったってだけだよ。どれどれ?」


 そう言いながらペンダントを受け取ったシャロンさんはペンダントを見るなり、目を見開き、そしてすぐに、そのペンダントを私に返してきた。


「どこのかわからないけど、大切にしな」

「はい、もちろんです! 命の次に大切な宝物です」


 私の言葉に、にやにやとしながらアラン様が口を挟む。


「一番大切な命は、俺に捧げているけどな」

「うぐっ」


 私はぐうの音も出なかった。


 確かにアラン様のために生きると約束しているのだから、アラン様に命を捧げているのと同じだ。


 悪魔に魂を売ってしまった気分がした。


「アラン、引き受けるって伝えておいておくれ」

「どういう風の吹き回しだ? あんなに嫌がってたのに?」

「運命ってやつを信じたくなっただけだよ……」


 そう言って、シャロンさんは厨房へと戻っていった。


 程なくして、私たちのテーブルに美味しそうな料理が並んだ。もちろんアラン様の奢りで。


 本当に、私なんかにどうしてだろう?


「ソフィア、ほら、温かいうちに食え」

「本当にいいんですか?」

「遠慮なく食うか、遠慮して俺にキスされるか、どっちがいい?」

「遠慮なく、いただきます!!」


 私は即答した。あまりの即答に「少しは迷えよ」とアラン様が笑ったほど。


 だって、不意打ちでそんなこと言われたら、余計なことを考えちゃいそうだったから。


 だから、そんなことを考えないように、一気に目の前の料理を口に運んだ。


「おししい! どの料理も全部おいしいです! 私もおいしい料理を作れるようになりたいです」


 私の目論み通り、全てのことを忘れてしまいそうになるほど、私はシャロンさんの料理に夢中になってしまったのだけれど。


 色気よりも食い気、まさに私にぴったりの言葉だと思う。


「ソフィアは料理ができるのか?」

「孤児院では、料理当番がありましたから。でも、料理ってほどのものを作れる材料がなかったので、レパートリーも少ないうえに、大した物も作れませんが」

「じゃあ、今度俺に作ってみろ、って言っても、今は無理か」

「はい、無理ですね……」


 まさか「王城の厨房を貸してください」なんて、口が裂けても言えないだろう、と私たちは口を噤む。


「それなら今度教えてあげるさ。うちの厨房を使えばいい」

「本当ですか! 嬉しいです」


 シャロンさんの提案に私は胸を躍らせた。約束をするのは怖いけれど、どうしてか、すぐにでも叶いそうな気がした。


 これが運命ってやつなのかな?


「はいよ、これはサービスだよ。娘が好きだったデザートなんだ」

「母ちゃん、今日はやけに太っ腹だな。いつもは出してくれないくせに」

「わあ、なんですか、これ?」

「ソフィアはプリンを知らないのか?」


 もうすでにプリンを食べはじめているアラン様が私に尋ねた。意外にもアラン様は甘いものが好きらしい。


「プリン! 名前だけは知ってます。クロエ姉さんが好きだって言ってたんですよ。お母さんのプリンが世界で一番大好きだって。嬉しい! プリンを食べられる日が来るなんて思いませんでした。いただきまーす」


 私はプリンに夢中で気付いていなかった。


 シャロンさんが、声を出さず涙していたことに。





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