第13話 たくさんの“初めて”が嬉しくて -02-
「うわぁ〜!!」
私は、生まれて初めての王都の街に足を踏み入れた瞬間から、忽ち目も心も奪われた。
行き交う人の波も、飛び交う威勢のいい声も、街を彩る色とりどりの看板も、その全てが私にとって、初めてのことだったから。
私の目に映る全てのものが珍しくて、私の耳に聞こえてくる全ての音に心をときめかせた。
そんな私を見て、アラン様は不思議そうに問いかけてくる。
「もしかして、ソフィアは王都の街に来るのは、初めてなのか?」
「はい! 今まで一度も孤児院から出たことがなかったので、私、とってもドキドキしています」
私は結局、アラン様からの敬語禁止令を解除してもらうことに成功した。
アラン様から、敬語を使ってはいけないとの命令を受けた私は、一体どうすればいいのかと考えた。
そこで、私は名案を思いついた。ダンマリを決め込むことにしたのだ。
だって、アラン様に対して敬語を使わないなんてあり得ないから。
何を言われても、身振り手振りで返す私の姿に呆れたのか、とうとうアラン様が敬語を許してくれた。
「よし、今日はソフィアの初めてをいっぱい経験させるからな」
「え?」
「まずは、服、だな。洋服屋は?」
「初めてです……」
アラン様は有無を言わせない勢いで、私を洋服屋に連れて行ってくれた。洋服屋に行けるのは嬉しいけれど、私は戸惑ってしまった。
アンジュさんが全力で飾り立ててくれた王都で一番流行りの服が、私には似合わないってことなのかな、と思ってしまったから。
「あ、今日の恰好が変だっていうわけじゃないからな。その服はアンジュの男の好みだろう。その恰好じゃ、正直言って、目に毒だから」
「目に毒!? す、すぐに脱ぎます!!」
不快な思いをさせてしまっているならいっそ脱いでしまおう、と私は慌てて自分の着ている服のボタンに手をかけた。
人の往来とか、ここがどこなのかも、この時の私の頭には全く入っていなかった。
ただただ、アラン様が不快と思うものをなくしたい一心だった。
下僕としての精神は、見事なほど順調に育っていたのかもしれない。
「わわわっ、悪い、そういう意味じゃない、かわいい、可愛すぎる、でも肌を見せすぎだっ」
「か、可愛い!?」
「ああ、だから、待て、脱ぐな。今はそのまま着てろ。ただ、ちょっと周りの男どもがソフィアを見てるから、心配になっただけだ」
アラン様の思いがけない言葉に、私の顔は真っ赤に染まった。
今まで男の人に可愛いなんて言われたことなんてないし、男の人の視線なんて気にしたことなんてなかったから。
……もしかして、本当はすごく似合わなくて、アラン様は私が傷つかないように気を遣って言ってくれているの?
そうとしか考えられなかった。
確かに、今日の私はいつもと違う。私の今日の恰好は、少しだけスカートが短くて、胸元も開いている服だった。
正直言ってしまうと、この服をアンジュさんに出されたとき、恥ずかしくて着るのを躊躇ったくらい。
けれど、王都で流行のファッションだと言われてしまい、それならば、と促されるまま着ることにした。
……やっぱり自分の分をわきまえた似合う服を着なきゃいけないよね。
私は反省した。
私たちは、若干の気まずさを残したまま洋服屋に着いた。洋服屋に入った瞬間、その気まずさは一気に吹き飛んでしまったけれど。
「かわいい、可愛すぎです、このお店」
「ゆっくり見ていいからな」
「ありがとうございます!」
私は目を輝かせながら、店内を見て回った。
孤児院では、着古したお下がりを大切に着ていた。色も形も選べない。サイズさえも選べないことがある。それでも選べる時には、動きやすい服一択だった。
可愛い服なんて、一生無縁だと思っていたのに、今まさに私の目の前に広がっている。
もちろん、王城で用意されたお洋服も素敵なものだけど、それとはまたちょっと違う。
色とりどりの可愛い洋服たちに囲まれた私の乙女心は、嬉しい悲鳴をあげていた。
妄想を最大限に膨らまし、自分が着ている姿を思い浮かべて楽しんだ。
一通り見終えると、店員さんと話していたアラン様の元へと戻り、感謝を述べた。
「ありがとうございました。思う存分初めてを楽しみました」
その言葉に呆れたのは、もちろんアラン様だ。
「いや、何言ってんだ? 買うんだよ」
「え? でも、服を変えるほどのお金なんて持っていませんし、思う存分見させていただきましたから十分です」
私は、アンジュさんから少しばかりのお金をお借りしていた。お金を借りるなんて本当に申し訳ないと思ったけれど。
アンジュさんはその時に「絶対にお金なんて必要ありませんよ」と言っていた。けれど、そんなはずはないから。
「ソフィア、お前さ、見るってゆっくり選べってことだからな。今日は全部俺が払うに決まってるだろ?」
「まさか!? そんな甘えられません」
この世の中に、誰が私なんかに高価な服を買ってくれる親切な人がいるのだろうか?
「じゃ、仕方ない、命令だ。俺が選んだ服を着ろ、お前は下僕なんだ。文句は言わせない。ちょっと待ってろ」
その言葉を聞いて、ようやく私はアラン様の真意がわかった。
だって、アラン様は”下僕“という言葉を強調したものだから。
きっと動きやすさ重視の服に着替えさせて、思う存分こき使うのだろう。それでも十分珍しいと思ったけれど。
それなのに、慣れたように短時間でアラン様が選んでくれた服は、私にサイズもぴったりで、心ときめくような繊細なレースと裾がふわりと広がるデザインのとても可愛い服だった。
その服を目にした瞬間から、私の胸はドキドキと音を奏で、その服を着て鏡を見た私は、思わず呟いてしまった。
「かわいい、お姫様みたい……」
「ふっ、自分で言ってるし」
「なっ!?」
「冗談だよ、可愛いよ。俺がソフィアのために選んだんだから当たり前だけどな」
アラン様が平然と言った言葉に、私の顔は再び真っ赤に染まってしまった。
大人の男の人って、こんなに呼吸をするように女の子を喜ばせたり褒めたりするのだろうか?
いや、私は女じゃないはずだ。でも、こんな可愛い服を選んでくれるし、もう分かんないよ!!
そして、アラン様は私にさらに追い討ちをかける。
「アンジュには悪いけど、ソフィアはこっちの方が似合うから、このままデートするからな」
「デ、デート!?」
荷物持ちじゃなく、まさか本当にデートなの!?
私は一生懸命に頭の中で呪文を唱えはじめた。
呼吸をするように女の子を喜ばせるのが普通。
呼吸をするように女の子を喜ばせるのが普通。
呼吸をするように……
そう思い込まなければ今にも私は卒倒しそうだった。勘違いしてしまいそうだった。
「次は、アクセサリーか?」
ふと、街を歩きながらアラン様が呟いた。また勘違いしそうになったけど、私は空かさず答えた。これだけは譲れないから。
「アクセサリーはペンダントがあります」
私にはクロエ姉さんから貰った大切なペンダントがある。これだけは、私が唯一自慢できる宝物だから。
ただ、それを聞いたアラン様が少しだけ眉を顰めた。
「男に、もらったんか?」
「いえ、まさか違いますよ。孤児院で一緒に暮らしていたお姉さんからです。このペンダントはクロエ姉さんの生きた証です。異国のペンダントらしいのですが、どこの国のなんでしょうね?」
「……なら、大切にしなきゃな。じゃあ、ペンダント以外なら、初めてだろ?」
私はこくりと頷いた。
私が頷いたことを確認し、アラン様は機嫌を取り戻したかにように、とても可愛らしいリボンを差し出してくれた。
燃える夕陽のように朱いリボンを。
「さっきの店にあったんだ。ソフィアが好きそうかと思って」
「あ、ありがとうございます」
私はそのリボンを手にすると、泣いちゃだめだ、と思いつつも、ポロポロと溢れ出す涙が止まらなかった。
「え!? どうして泣くんだよ? あ、あれだな、お腹が空いたんだな? よし、おすすめの食堂に連れてってやるからな。……だから泣くなよ?」
「……ふふっ」
「なんだよ、嘘泣きかよ」
柄にもなく慌てちまった、とアラン様は呟いた。
でも、私は決して嘘泣きではなかった。
テオの瞳と同じ色をしたリボンを見た瞬間、テオのことを思い出してしまい、涙が止まらなかった。必死で堪えようとしても、だめだった。
それなのに、いつもはあれだけ恐ろしく、世界で一番怖いのではないかと思っているアラン様が、私の涙を見ただけで、突然慌て出したから。
全く見当違いのことを言いながら、終いには怒られた子供のようにしょんぼりとしたものだから。
その様子が、なんだか面白くて、大人の男性なのに可愛くて。
そう思ったら、涙がぴたりと止まって、気付いたら自然と笑っていた。
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