第12話 たくさんの“初めて”が嬉しくて -01-
「えぇ!? アラン様と街へ?」
「はい。だから、それらしい恰好をしてこいと言われてしまって……アンジュさん、お願いできますか?」
「もちろんです! 任せてください!!」
騎士訓練場からの帰り道、私は先ほどアラン様から誘われた、もとい、命令された話をアンジュさんに相談した。
私には、王都の街に合う恰好なんて分からない。それどころか、王都の街自体がどのような場所なのかさえ知らなかった。
アンジュさんは私の突然の相談にも関わらず、二つ返事で、それもとても嬉しそうに大きく頷いてくれた。けれど、
「うんと可愛くして差し上げますからね。うわぁ、デート、デートですね! いつの間に、ですか!?」
「で、デート!? 違います。私はアラン様の下僕ですから、きっと荷物持ちですよ」
思いっきり勘違いをされていて、慌てて私は訂正をした。
だって、女として見られていない私がアラン様とデートだなんて、そんなこと絶対にあり得ないことだから。
誤解のないようにはっきりと、私はアラン様の下僕なんだ、とアンジュさんに宣言した。
それなのに、私の下僕発言を聞いた途端、アンジュさんの哀れな子を見る視線が私に突き刺さる。え、どうして?
「ソフィア様、つまらないご冗談を。むしろ荷物持ちならソフィア様を連れて行く必要はないですよ。ソフィア様が持てる量の荷物くらい、アラン様なら小指で軽く持てますから」
私は想像した。きっとそれ以上の荷物も私ごと軽々と持てるだろうな、と。もしも私が二、三人いても、余裕で全員まとめて持てそうだな、と。
「……じゃあ、どうして?」
アラン様にとって私は下僕以上の価値などないはずだ。何度も言うけれど、アラン様の中では私という存在は女ではないのだから。
私は、下僕。げ・ぼ・く。
「だから、デートだって言ってるじゃないですか!」
「でも、それならどうして私なんでしょう?」
やっぱり分からない。
百歩譲って、私が女性の枠に入ったとする。あり得ないけれど、入ったと仮定する。
私が見かけただけでも、この王城には素敵な女性がたくさんいた。アラン様ならよりどりみどりの選びたい放題のはずなのに。
あ、でも怖いから……
もしかして、女性のみなさんは怖くて、逃げてしまうとか! それが一番あり得るかも。
私は一人、納得をした。とても失礼だろうけれど、その考えが一番腑に落ちた。
「ソフィア様、きっとアラン様に対して大変失礼なことを考えているんじゃないですか? それに、ソフィア様はぶっちゃけ可愛いですよ。そこらへんのお嬢様方よりもずっと。それに、好きな人とただ一緒にいたいと思うのに、理由なんていりませんよ。あ、ソフィア様と一緒にいたいからこそ、デートに誘ったのかもしれませんよ」
アンジュさんの言葉に、私は顔を真っ赤に染めながら狼狽えた。考えていたことがダダ漏れだったからではない。いや、それもあるけれど。
「す、好きだなんて、そんなこと、あるわけないです。天と地がひっくり返ってもないですよ!! それに年齢も……」
「ソフィア様は12歳、アラン様は確か、22歳。10歳の年の差なんてなんちゃないですよ」
アンジュさんは自信を持って教えてくれた。本当にアンジュさんは何でも知っている。
貴族の間では10歳くらい、場合によっては親子ほど年の離れた夫婦もいると言う。確かに、クロエ姉さんもおじいちゃん貴族様の妾になると言っていたっけ。
「ふふ、ソフィア様がうまくいけば、私の恋も大幅に進展するかもしれないので、頑張ってくださいね。さあ、ソフィア様、明日の準備は全て私にお任せくださいね!」
「よ、よろしくお願いします」
そして、翌朝。
私は時間に余裕を持たせて待ち合わせ場所へと向かった。……はずなのに、アラン様はもうすでにその場所で待っているではないか。
待ち合わせの時間まで、まだ20分以上はあるはずなのに、どうして?
と疑問に思うも、そんなこと言ってはいられない。下僕が主人よりも遅いなんてあり得ないから。
きっと、着いて早々に怒鳴られて、首を切られてしまう。もちろん物理的な意味で。
「アラン様、お待たせして申し訳ありません」
私は小走りで駆け寄った。本当は全速力で走りたいけれど、今日の恰好では走るのでさえ躊躇われたくらいだったから。
「いや、俺も今来たばかりだから大丈夫だ」
全く咎められなかった。けれど、騎士の恰好をしていないアラン様を見るのは初めてのことで、どうしてか緊張してしまう。
「でも……」
「でも?」
少しの躊躇いの後、アラン様が私を見て、にやりと笑った。なんとなく嫌な予感がするのは気のせいだと思いたい。
「今日は俺のことをアランと呼べ」
「無理、無理、無理、絶対に無理です!!」
私は、首が捥げそうになるほど思いっきり首を左右に振りまくって、アラン様の申し出を拒否した。
そんな大それたことをしてしまったら不興を買い、やっぱり物理的に首が飛ぶ。せっかく命拾いしたのに。
私のその必死の形相を見たアラン様は、さらに悪戯な笑みを浮かべる。
きっと聞いてはいけない。これ以上は聞いてはいけないのは分かりきっているのに、容赦なく命令が下される。
「敬語もなしだ。はい、決まり」
「絶対に、本当に無理です!」
「次に敬語を使ったらキスするぞ」
「ひぇえっ!?」
突然の「キスするぞ」発言に私は思わず奇声を発してしまった。恥ずかしいけど、不可抗力だ。
嫌だとかそういう感情ではない。アラン様の口から「キスするぞ」という言葉が出たことに心底驚いたからだ。
そ、そんな簡単に、キスするぞ、なんて言えちゃうものなの!? えっ? 私が下僕だから? 女じゃないから? 男同士ならキスするぞ、とか言うのって日常茶飯事だったりするの?
すでに頭がパンク寸前だ。
「ふっ、なんだよそれ、何語だよ?」
アラン様が、笑った……
アラン様は笑っていた。それは私が見るアラン様の初めての笑顔で。
どうしてか、心臓がぎゅっと鷲掴みされたようで、それでいて擽ったくて。
そんな気持ちを誤魔化すように、私は自分の粗相を謝ろうとした。
「すみま……」
「キスするぞ」
アラン様が空かさず私に迫る。一気に私の心拍数は跳ね上がり、もはや私の心臓は破裂しそうだ。
「ごめんなさいっ!」
「まあ、それはセーフかな。さあ、行くぞ」
アラン様は私の手を掴み、歩き出した。
やっぱり私の胸の鼓動は強く脈を打ったままだ。このままでは本当に死んでしまいそう。
けれど、私の手を引くその力は、強引だけど優しくて、掴まれた手は全然痛くない。歩幅も歩く速さも、小さい私に合わせてゆっくりと。
それがすぐに分かったから、私の鼓動もゆっくりと脈を打ち始める。
下僕のはずなのに、まるで物語のお姫様をエスコートしてくれるかのように、私のことを扱ってくれている気がした。
そんなの私には初めてのことで、どうすればいいかなんて分からなかった。
ときどき、確認するように私を見て、目を細めるその仕草に
やっぱり、とても優しい人……
トクンともう一度だけ、胸が高鳴った。
私にとって、王城に来て初めての外の世界。生まれて初めての王都の街をアラン様と共に歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます