第11話 再会、そして下僕になる -05-
私は愚直にも、毎日騎士訓練場に足を運んだ。
王城の敷地は信じられないほど広く、騎士訓練場までは意外と距離がある。体力の落ちた私にとっては毎日のいい運動でもあった。少しだけ気が重いけれど。
騎士様たちの訓練風景を見るのは好きだ。けれど、未だにあの怒号には慣れない。慣れる日なんて来ないと思う。
訓練の休憩中には、アラン様が必ず私の元へとやって来る。そして決まって馬鹿にされる。
「おい、チビ、間抜けづらしてんぞ」
「ボーッと、突っ立ってんなよ」
「大人しくそこで座って見てろ」
馬鹿にするなら放っておいてくれればいいのに、と思っても、必ず決まって「明日も見に来い」と言われる。もう意味が分からない。
でも、なんとなく悔しいから私は毎日果敢に足を運んだ。
今日もまた、アンジュさんと共に、騎士訓練場に来ている。ここまでの距離も、今では息切れすることなく歩いて来ることができるようになっていた。
最近では、訓練が良く見える場所に特等席まで用意してくれるようになっていた。喜んで一緒に付いてきてくれるアンジュさんの分と私の分。
そして、用意されているのは席だけではなかった。
「ソフィア様、今日もアラン様はかっこいいですね」
「はい……え、あ、アラン様、じゃなくて、騎士様たちの訓練が格好良いんです!!」
「同じことじゃないですか?」
「違います。全く違います!」
「素直じゃないんですから。はい、どうぞ」
ふふっと笑ったアンジュさんが、今日もまた、一粒のチョコレートを私にくれた。
「わあ、ありがとうございます。毎日、こんなにおいしいお菓子を戴いちゃっていいんですか? チョコレート、って言うんですよね?」
「はい。ただ、食べ過ぎには注意ですよ。みるみるうちに太っちゃいますから。でも、ソフィア様は痩せすぎだから、いっぱい食べてちょうどいいかもしれませんね」
「でも、これお高いんじゃ……」
チョコレートは、孤児院にいた時でも食べたことのなかったお菓子だ。
「そこは心配しなくてもいいですよ。ソフィア様を心配した方の、おそらく……好意の気持ちですから!」
「厚意の気持ち? とても優しい方がいらっしゃるんですね。本当に嬉しいです。……あ、あの、アンジュさんは飴玉を知りませんか?」
「飴玉ですか? もちろん知ってますよ。飴玉も甘くておいしいですよね。でもチョコレートの方がおいしいと思いませんか?」」
「え、はい、とてもおいしいです。それに、たくさん私に元気をくれる気がします」
初めて食べた時は、ちょっとだけ苦いと感じたその味も、食べ慣れたら、ほろ苦さの中に隠された甘さが忘れられなくなって、すぐにチョコレートの虜になった。
同時に、そのほの苦さが私を少しだけ大人にしてくれた気がした。
それに、疲れた時や気分が暗くなっている時に食べると、格別に癒される気がする。
いつの間にか、私はチョコレートが一番と言ってもいいほど、大好きになっていた。
「アンジュさんもチョコレートがお好きなんですか?」
「はい、大好きです! 実は私も毎日一粒おこぼれを戴いているんです。ソフィア様のおかげです」
「そんな、私は何もしてません。でもみなさまのご期待に応えられるように、頑張って健康になります!」
この時の私は、本当はテオに貰った飴玉のことが聞きたかった。いつの間にか、私の手の中からなくなっていた飴玉のことを。
でも、タイミングを見事に逃した私は、自分の手元にないのなら、あの時孤児院に落としてきてしまったのだろうな、と自己完結した。
飴玉一個のために、これ以上、みんなに迷惑をかけたくない一心で。
もしかしたら“たかが飴玉一個”と捨ててしまったのかもしれないし。
そう思ってしまい、余計に聞くのを躊躇ってしまった。
たかが飴玉一個、されど、それは私にとって、とても大切な宝物だったのだけれど……
チョコレートを食べ終えると、アンジュさんはすぐにお目当ての騎士様のところへ行ってしまった。
恋に一直線なアンジュさんは、年上ながら本当に可愛らしいな、と微笑ましく思ってしまう。
訓練場の中で過ごしている間は危険なことなどない。アンジュさんと、訓練場の中ではお互いに好きなように自由に過ごそう、と決めたのだ。
私は引き続き、用意してもらった席で騎士様たちの訓練を眺める。
「アンジュさんの言う通り、訓練中は格好良いのにな」
訓練中のアラン様を見て、ぽつりと呟いた。
「ふざけんなぁ」
「ンなんじゃ、死ぬぞ、死にてぇのかっ」
今日も相変わらずアラン様の怒号が響き渡る。それを聞くだけで、身体がびくりと震える。
「前言撤回、やっぱり、怖い……」
私の呟きに、ははっと笑い声が漏れ聞こえてきた。いつからそこで聞いていたのだろうか、と私は一気に後ろを振り返る。
「また今日も、アランは絶好調だね」
「ウィル王子! いつからそこに?」
「格好良い、でしょ?」
「は、はい」
格好良いという言葉に、本当にいつからウィル王子はそこにいたのだろうか、きっと全て聞かれていたんだろうな、と私は恥ずかしくなった。
いや、もしかして、男の人からみれば、あのとても恐ろしい怒号さえも格好良いということなのかな。
私からみたら、格好良いよりも怖くてたまらない。でも、男らしいと言えば男らしいのかな、とも思う。でも、やっぱり恐怖が勝る。
そんな私を見てか、嬉しそうに微笑んだウィル王子が私の隣の席に座る。
「アランが厳しいのには理由があるんだよ」
「理由、ですか?」
「アランは訓練中に親友を亡くしてるんだ」
「え?」
思いもしなかった突然の話の流れに、その内容に、私は言葉を失った。
「アランの親友はヒューゴって言うんだけど、すごく真面目で、厳しく訓練に取り組む人でね。当時はアランの方が優しくて不真面目だったかな」
「優しい……今とは大違いですね」
「はは、ソフィアは素直だね。ヒューゴのやり方に反発する騎士もいてね。ヒューゴは平民出身で、反発していたのは貴族の息子。ヒューゴを見下して、真面目に訓練もしなくなって、訓練どころか、自分を守る装備の点検さえも怠っていたんだ」
この国の王城の騎士様は、貴族平民などの身分に関係なく採用される。けれど、昔はそれをよく思わない人もいて、反発がよく起きたそうだ。
「騎士学校の実務訓練生と一緒に訓練を実施した時、そいつは自分の装備の点検を怠ったために、現場で使えなかったんだ。それどころか、訓練生の装備を奪って逃げたんだ。ヒューゴは訓練生を助けるために、運悪く亡くなってしまってね……」
「嘘、そんな……」
「それからアランは変わったんだ。自分にも厳しく相手にも厳しく。訓練でも、訓練だからこそ実践以上に厳しくして、決して気の緩みが出ないように。貴族も平民も関係ない騎士隊を作るために。もちろんはじめは敵だらけだったみたい。けれど、全てを敵に回しても、ヒューゴの命を無駄にしないために、って走り回ったんだ。国王陛下にもかけあって」
「ええ!? 国王陛下にも、ですか?」
「で、今のアランの出来上がり。アランは訓練では鬼のように怖いけど、実際の現場では、周りの騎士を思いやって、とても優しいんだよ」
私の中で少しだけ、アラン様に対する印象が変わった。
いや、現場でとても優しいということは、本当は知っている。私を包み込んでくれたあの優しさを、今も覚えているから。
「ウィル、余計なこと言うな」
「ひぃっ!!」
突然のアラン様の登場に、私は思わず悲鳴を上げてしまった。印象が変わったと言っても、あの時の優しさを知っていても、怖いものは怖いからだ。
「ソフィア、お前もすぐに驚くな。明日は街に行くから、アンジュに言って、それらしい恰好をして待ってろよ。九時に迎えに行くからな」
「え?」
それって、もしかして……
「いいなぁ、僕も一緒に行こうかな」
「本当ですか!?」
私は天の助け、と目を輝かせた。
その瞬間、アラン様が獲物を狩るような鋭い目つきでウィル王子を睨んだ。殺気がダダ漏れていて、それはもう、私にまでわかるくらいに。
空かさずウィル王子は前言撤回をせざるを得なくなる。でも、どうか、何とか耐えて欲しいと、私は願う。
「あ、僕は大切な用事があったんだ。ごめんね」
願いは儚く散った。私は、明日は一日中下僕として邁進する、との覚悟を決めた。
この時の私の頭の中には、普通なら思いつきそうな「デート」という単語は、全く思い浮かびもしなかった。
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