第4話 陽だまりの日々に消えた初恋 -03-
陽だまりのような女の子。
その言葉を聞いて、私が真っ先に思い浮かべるのはメルだ。メルが笑うと心が温かくなるから。一緒にいるみんなが笑うから。
「ソフィアおねえちゃん! ぎゅっとしてぇ!」
「もちろん! メル、おいで〜!」
弾けんばかりの笑顔を私に向けて、メルが抱きついてくる。私にだけ甘えてきてくれることが、ちょっとした自慢だった。
「またやってるのか。飽きないな」
またか、と文句を言うわりに、テオの表情は優しい。
「テオおにいちゃん! ねえ、たかいたかいしてぇ!」
「おう! 任せろ!!」
テオが姿を現した途端に、メルは私の腕の中からするりと抜け出して、テオに甘え始めた。
最近ではテオにも心を許し始めたようで、良いことだと分かってはいるけれど、ちょっとだけ悔しい。
テオのアクロバットな“高い高い”に「空を飛んでるみたい」とメルが喜ぶ。力のない私にはできないから、羨ましげに二人を見てしまう。
「なんだ、ソフィアもやって欲しいんか?」
「そんな子供じゃないもん」
同い年なのに子供扱いをするテオに、私はべっと舌を出す。
そんな私に、突然テオが悪戯に微笑んできた。嫌な予感がする。
「ソフィア、受け取れよ!!」
「えっ、えぇ!? ちょっと待って!!」
「それ、メル、ソフィアに飛びつけ!!」
テオは、メルのことを“高い高い”していたはずなのに、私の方へとメルを放り投げてきたではないか。
それ、絶対にだめなやつだし! 私が受け止めなければメルが死んじゃう!!
私は死に物狂いでメルを抱きとめた。勢いを止めきれなくて尻餅をついてしまったけれど。
「きゃははっ!! たのしい!!」
「メルも、楽しいじゃない! もうっびっくりしたよ!!」
メルは私の腕の中で、今もケラケラと笑っている。よほど楽しかったのだろう。
そんなメルの笑顔を見ていると、全てを許してしまう。可愛い妹には勝てる気がしない。
そんな私たちに、テオが笑いながら両手を差し出してくれた。
私は空かさずメルに目で合図をした。すると、メルはこくりと頷いて、私とメルはテオの手をそれぞれぎゅっと掴む。
「「せーの」」
声に合わせて、私とメルはテオの手を思いっきり引っ張った。
「うわぁっ!!」
今度はテオも一緒に転がって、そして、みんなの笑い声が裏庭に響き渡る。
幸せって、こういうことを言うんだろうな。
そう思った私は、そのまま、テオとメルを一緒に抱きしめて、大きな声で叫んだ。
「テオもメルも大好き!」
三人でずっと一緒にいられたら最高に幸せなのにな、と心の中でも叫んでいた。
けれど、その願いは叶わない。私たちのいる孤児院の入れ替わりは思いのほか激しいから。
この孤児院に一番長くいるのは実は私だ。次にクロエ姉さん。意外にもテオが来たのは一年前。つい最近のこと。
不思議と、私はテオとずっと昔から一緒に育ってきたように感じていた。それくらい、濃い時間をテオと過ごしているのだと思う。
昔はもうちょっと人数もいた。少し変わった魔法が使えたり、見目が良かったりすると、それだけで、すぐに里親が見つかるみたい。
だから、メルにも里親が見つかった。
子供のできない貴族の子として迎えられることが決まったメルには、少しだけ魔法が使えるという。聖なる魔法、ではないけれど。
何の魔法? と聞いても、メルは笑うだけで、誰にも教えてはくれなかった。
他のみんなも、もしかしたら魔法が使えるのかもしれない。けれど、誰一人として教え合うことはしない。
孤児院の中で、魔法が使えることについて、一切言ってはならないという決まりがあるからだ。
無用のトラブルを避けるためだとはいうけれど、実際のところは分からない。
そして、とうとうメルとのお別れの日がやってきてしまった。
「メル、頑張ってね。きちんと良い子にするんだよ」
「ソフィアおねえちゃんにあえないの、やだよ」
「生きてさえいれば、きっと必ず会えるわ」
「でも、メルは……ううん、メルね、ソフィアおねえちゃんがテオおにいちゃんにかつところがみたかったの」
「うぐっ、メルは痛いとこつくわね。メル、テオはね、メルや私が危険な目に遭ったら、すぐに助けに来てくれる騎士様なのよ。だから、私より強くなくちゃいけないの。ね、テオ」
私はテオに話を向けた。それなのに、テオにしては珍しく反応がない。無表情なわけでもない。
どうしたのかな、とテオの表情を窺うと、その表情が思い詰めたようにさえ見えたから。
だめだ、泣きそう……
必死で堪えていたのに私まで悲しくなってきて、その気持ちを振り払うように、もう一度テオの名前を強く呼んだ。
「テオ!!」
「あ、ごめんごめん。じゃあ、俺が騎士様なら、今よりもっと強くならなきゃいけないよな。ソフィアには負ける気はしないけど、もっと、もっと強くなってみせるから。メルも、信じて待ってろよ」
「うん! じゃあ、メルはテオおにいちゃんをすくってあげる。わるいものからテオおにいちゃんをかいほうしてあげるね。だから、ソフィアおねえちゃんをよろしくね」
「メル……」
メルの優しい言葉に、テオまでもが今にも泣きそうになる。最後くらいみんなが笑顔でいたいから、私はテオを鼓舞させる。
「メル、そんな優しいこと言ったらテオが泣いちゃうわよ? ふふ、やっぱりメルは立派な聖女様だね。よし! じゃあ、聖女様はかっこいい騎士様に守ってもらおう! テオ、約束よ!」
「ああ、約束するよ」
テオのその言葉はとても力強かった。だから、私もメルも満面の笑みを浮かべた。
私はテオとメルを、ぎゅっと抱きしめた。
本当は、もう二度とメルに会えないことは分かっていた。
でも、そんなの絶対に淋しすぎるから、絶対に認めたくなくて。「絶対に会おうね」と強く強く願いを込めて、二人を抱きしめた。
メルの温もりを忘れないように。
貴族の家に入れば、別世界の住人だ。孤児院に住む私たちでは会うことすら叶わない。
それ以前に、
私は、孤児院から出ることすら叶わないだろうな。
そう思っても、決して口には出さないけれど。
今までも、笑顔でみんなのことを送り出してきたのだから、今までよりも最高の笑顔を向けて、私はメルを送り出したい。
「メル、さようなら、またね」
「うん! さようなら、またね!!」
私はメルとさようならをした。またね、という強く強く願った約束を、その言葉に付けて。
奇跡なんて信じてないけれど、それでも強く願った。
そして、笑顔でメルを見送った。
最後まで明るく元気な可愛い女の子。そこにいるだけで周りを明るく照らしてくれる陽だまりのような女の子。
孤児院に来る前に起きたことが原因だったのか、メルは人と触れ合うことを躊躇っていた。
けれど、私とテオにだけは、花が咲くような愛らしい笑顔を向けて抱きついてきてくれる。
メルといるだけで、私の心はぽかぽかと温かくなり、必要とされる喜びを感じていた。
だから、今の私の心は、太陽が陰りをみせた時のように、暗く淋しく感じていた。
「メル、行っちゃったね。幸せになれればいいね」
「……」
「テオ? どうしたの? さっきから変だよ? 大丈夫、きっとまた会えるから」
俯いて歯を食いしばるテオの姿に、私はただ、メルとの別れが淋しいだけだと思っていた。
本気でそう思っていたのに……
この時の私は、一週間後に、あの残虐な事件が孤児院を襲うなんて、これっぽっちも想像していなかった。
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