第99話 もしも、の話

和泉に抱きしめられ続ける広橋に見送られ、俺と真奈美は並んで帰路についた。


「今日、どうする?」

「一旦、ウチ帰る。で、慎吾の部屋行く」

「ん。じゃあ、行こう」

「うん」


きゅっと握りしめられた俺の手を、強すぎないように握り返す。


「ねえ、慎吾」

「どした」

「私たち、これから一生一緒だよね」

「当たり前だろ。死ぬまで一緒だ」

「うん、ありがと」


真奈美の手を握る力が、少し強くなった。


「さっき、さ。私たちが別れてなかったら、いつか別れてたかも、って言ってたじゃん」

「そうだな」

「なんで?」

「いずれさ、すれ違いとかケンカとか、どれだけ俺たちの仲が良くたって起こるんだよ。現にこないだ、俺のせいで真奈美を怒らせたわけじゃん」

「……うん」

「俺たちが別れずにそのまま大学進んでたって、ケンカはする。お互いに対して不満は持つ。でも、仲直りの手伝いをしてくれる人には絶対に出会えてない。バッシーやウタ、美濃さんや小刀さん、和泉、広橋、三尋木との出会いは、絶対になかった」

「確かに、そうかも」

「それに、きっと歳を食えば食うほど、亀裂の修復って難しいんだよ。小学生のケンカなんて次の日にはなんともないのに、高校生になれば平気で1日2日口きかなくなるし、大人になったらそのままサヨナラなんてこともある」

「……私たち、1年かかったんだよね」

「うん。でも、その1年を支払って、この先の一生を買ったんだと思う。大きな亀裂だから、二度と壊れないように、直そうと思えたんだよ」

「……うん」

「そうそう。1年間っていえば、真奈美の浪人生時代の話、聞いたことないよな」

「えー、あんま話したくない」

「なんでさ」

「カッコ悪いもん」

「そんなことないよ。俺を追いかけるために必死で努力したであろう1年間を、俺はそんな風には絶対に思わない」

「……ありがと。そう言われると、なんか救われた気分」

「なら良かった。じゃ、ここで待ってるから」

「うん」


ちょうど真奈美のアパートの前まで来たので、部屋から戻ってくるのを待った。

少しラフな格好になって戻ってきた真奈美と、再び手を繋ぐ。


「さて、真奈美の浪人時代の話、してほしいな」

「実際のとこ、そんな面白くないよ。死んだ目で勉強して、気絶するように狭い部屋にベッドで寝てただけだよ」

「予備校ってさ、寮あるんだっけ?」

「うん。寮に帰っても自習、自習。頭おかしくなりそうだった」

「……すごいな、そりゃ」

「慎吾が次の彼女作ってたらと思うと、そっちの方で気が狂いそうだったから、とにかく勉強して忘れてただけだよ。だから大学合格しても、そんなに喜びもなかったかな。A判定取り続けてたし。入学してからは、とにかくサークルのビラ受け取りまくったよ。バスケサークル以外からも。CROSSOVERのビラに、サークルの集合写真が載ってて、その中に慎吾を見つけた時は泣きそうになったもん」

「そのくせに、再会した時はアレかよ」

「テンション上がりきっておかしくなっちゃったって言ったじゃん、もう」

「はいはい、真奈美はかわいいなあ」


空いた手で真奈美の頭を撫でると、「うー」と唸りはしたが、嫌がる様子はなかった。


「でもさ、もし俺が本当に彼女作ってたら、どうしたんだ?」

「……わかんない。あの日、もし『今彼女いないから好きにしろ』じゃなくて、『もう彼女作ったから関わるな』って言われてたら……」

「言われてたら?」

「その場で手首切って死んでたかもね」

「やめろよ」

「ふふっ」


真奈美の目のハイライトがスン、と消えた。

本当に怖いからやめてほしい。


「でもさ、実際のとこ、俺たちが別れてなかったらとか、俺が別の彼女作ってたらとか、そんなもしもの話は考えるだけ無駄なのかもな」

「どうして?」

「そんなこと考える暇があったら、これからどうしたいか考えたい」

「……そうだね。まずはきちんと給料3ヶ月分の指輪を買ってくれるまでの計画をきっちり立ててもらわないと」

「ったく、すぐこれだから」


でも、俺が将来設計を真剣にしないといけないのも、事実だ。

二度と真奈美を離さないために、俺が何をしなければいけないか、これから生まれる数々のもしもの話に対応できるようにしなければいけない。

そして、真奈美にとびっきりの指輪を用意してやるんだ。

真奈美と一生を添い遂げる覚悟を、俺は改めて固めた。







そして、6年の月日が流れて、「その日」がやってきた。

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