第97話 涙

午後イチの授業の予鈴が鳴ったが、俺は真奈美に寄り添い続けることにした。

真奈美が落ち着いた頃、ポケットに入れた携帯に、友達から「保健室行ったことにしておくから」と連絡が入った。

いい友人を持ったことに感謝して、真奈美から話を聞くことにした。


「何があったんだよ」

「……告られた」

「えっ」

「昼に呼び出されて、『好きだ。付き合ってクください』って。私、断った」


真奈美が告白を断ったことに安堵したが、同時に疑問も浮かんだ。

ならばなぜ、あんなに泣いていたのか。

まさか。

一瞬、考えたくもないようなことが頭をよぎった。


「理由、聞かれたの」

「断った理由、だよな」

「うん。『私、好きな人いるんだ。君のことは、友達としか見られない』って言った。そしたら、『知ってる』って」


真奈美に、好きな人が、いる。

その衝撃が、脳天を強かに打ちつけた。

頭をクラクラとさせながら、俺はなんとか次の言葉を探そうともがいた。


「あ、えっと……」

「中学からの仲だったんだ、その男子とは。3年間クラスも一緒で、この高校に来た同中の男子じゃ1番仲良かったと思う。高校でクラスも離れて、私が部活に集中するようになったから、昔ほど関わりもなくなったんだけど」

「そう、だったのか」

「私のこと、昔から好きだったみたいでさ。でも、私は友達としてしか見てなかった」


友達としてしか、見ていない。

そのワンフレーズが、俺の心をさらに掻き乱した。


「彼が教室帰るくらいまで、ここでひとりでいようと思って。その間に私、想像しちゃったの。私が、今好きな人に告白して、どう返されるかって。『友達としか、見られない』って、言われるんだろうなあ、って。そう思うとさ、すごく悲しくなっちゃって。そんな所に櫻木くんが来るんだもん」

「……ごめん」

「ほんと、最悪。私にわざと1on1で負けておいて、説教かました時以上に最悪」


真奈美は、へらへらと笑いながら話をしていた。

もう涙は引っ込んでいるし、このまま教室に帰って先生に謝って授業に戻ればいい。

でも、どうしても、ひとつだけ聞かなきゃいけないことがあった。


「……なあ、ひとつだけ、聞いていいか」

「うん、いいよ」

「その、好きな男に告られたら、真奈美は付き合うのか?」

「えー? 告ってなんかくれないよ、きっと。今だって、私が好きなこと、全然気づいてないもん」

「もしも、の話だよ」

「……そりゃ、もちろん付き合うよ。一生側にいたいくらい、好きなんだもん」


真奈美が、側にいなくなる。

それを一瞬でも想像すると、視界がブラックアウトしそうだった。


さっき真奈美を抱きしめた時。

俺は、真奈美を離したくないと思った。


午後イチの授業のサボりを決めた時。

俺は、真奈美とふたりきりでいたいと思った。


真奈美に、好きな人がいるとわかった時。

俺のことは、どう思っているのか気になった。


俺は、はっきりと自覚した。


「西野、俺じゃダメか」

「えっ?」

「俺じゃ、ダメなのか」



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