第96話 逃がさないからな

それからは、朝早くに家を出て、真奈美のシュート練習に付き合うのが日課になった。

部活が休みとなる日曜日は、バスケットゴールのある地元の小さな公園で練習した。

お互いのシュートフォームを動画に撮ったり、俺の勧めで見始めたNBAのプレーの動画があったら共有して話すようにもなった。

学校の中では仲のいい男友達とよくつるんでいたが、そのグループと真奈美の女友達グループが合体してつるむようになった。

今思い返せば、あの友人達には何か生温かい目で見られていたと思う。

夏休みに入り、ウィンターカップに向けての合宿が行われる頃には、練習の甲斐あってここぞの場面でのシューター的役割でのベンチメンバー入りも見込めるようになっていた。

合宿の後にはしっかりと1週間のお盆休みが与えられ、これ幸いと俺と真奈美は友人たちと色々な所へ出かけた。

わざわざラウンドワンのために遠出するのもこっちに引っ越した今となってはアホらしいが、当時はあの片道1時間半が全く苦にならなかった。

結局スポッチャでバスケするんだから、俺も真奈美もバスケ馬鹿だったんだろうな。

それからも練習漬けの日々が続き、ウィンターカップで真奈美は何本もクラッチスリーを沈めた。

結局準々決勝止まりだったけど、来年からはスタメンに定着できそうなくらいに、真奈美のシュートは磨かれていった。

お互いの家に上がるようにもなったし、文化祭だって一緒に回った。

こうして振り返ると馬鹿らしいけれど、当時の俺は真奈美のことを半分友達、半分妹のように思っていた。

そんな中、2学期の終わりに事件は起きた。


「あれ、西野どこ行った?」

「ん? 一緒にトイレ行ったんじゃなかったの?」

「いや?」


そろそろ終業式も間近という頃、いつものように俺の連れと真奈美の連れで昼を食べようと集まった時。

昼食前に膀胱が限界に達していた俺がトイレから戻ると、そこに真奈美がいなかったのだ。


「ま、西野もすぐ戻って来るだろ。先食べてようぜ」

「そうだね。じゃ、いただきまーす」


5分経っても、10分経っても、真奈美は帰ってこなかった。


「……いい加減、遅いな」

「ね。先生にでも捕まってるのかな」

「ちょっと探してくる」

「はーい」


職員室に向かって真奈美が来ていないか尋ねたが、来ていないとのこと。

1年の各クラスをざっと見渡しても、いない。

上級生のクラスを探してバスケ部の先輩に聞いてもみたが、いない。


「おかしいな……入れ違いかなあ」


教室に戻ろうとした時、誰もいないはずの特別教室棟の前を通った時に、違和感を覚えた。。

物理教室など、普段使わないような教室しかないその棟の、さらに端。

そこにある非常階段の扉から、光が漏れている。


「……あ」

「櫻木、くん」


ギィ、と金属の錆が擦れる音が耳に入ると同時に、真奈美が視界に映った。

そして、真奈美の目には、涙が溜まっていた。


「……どうしたんだよ、こんなとこで」

「なんでもない」

「なんでもないわけないだろ」

「なんでも、ないっ」


真奈美が、俺の横を通り抜けてその場を去ろうとする。

俺はその手を取った。


「逃すかよ」

「離して」

「離さない」

「ほっといてよ」

「ほっとけるわけないだろ!」


俺は、真奈美をぐいと引き寄せて、抱きとめた。


「西野のこと、ほっとけるわけなんて、ないだろ」

「……うっ、ううっ、うわああああああん」


真奈美が泣き止むまで、俺はずっと頭を撫で続けた。


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