第94話 1番背の高い男子と1番背の低い女子

4年半前。

俺は、地元の小さな中学から県立鞠田まりだ高校に進学した。

多花原県の中部にある、鞠田まりだ市に位置するこの高校へは、俺の最寄駅からだと片道1時間ちょっとかかる。

だが、県内トップの高校は全て北部にあり、とてもじゃないけど通える位置になかった。

鞠田高校に入学すると、すぐさまバスケ部への入部届を出した。

元々身長も高かったし、俺は大歓迎で迎え入れられた。身長が足りないが人手不足のせいでC希望じゃないのにCをやらされていた先輩からは、バンバンと肩を叩かれたのを覚えている。

入部後、男女バスケ部合同で新入生の自己紹介が行われた。

その時が、真奈美を初めて認識した瞬間だった。

あとで同じクラスだと分かった時は、けっこう驚いた。

新入生で1番背の高かった俺と、逆に1番背の低かった真奈美。

その身長のギャップから面白がって2人並ばされる回数は、片手では数え切れないほどになる。


他の部活との兼ね合いで体育館は半分しか使えず、さらに男女に分かれた部活のせいでハーフコートでの練習が主になった。

フルコートの練習をする時は男女で交代する。

田舎の高校のため、部員数もそんなにおらず、新入生にも練習の時間はたくさん巡ってきた。

男子の休憩時間にぼけっと女子の練習を眺めていると、真奈美がボールを持った。

もちろん対峙する先輩には歯が立たず、何もさせてもらえない。

けれど、その目は常に前を向いていたように見えた。



1ヶ月ほどして、新入生同士や先輩たちとも打ち解け始めた頃、同じ電車に乗って帰る真奈美に鞠田駅で呼び止められた。


「櫻木くん、ちょっといい?」

「どしたん?」

「あのさ、私と勝負してくれない?」

「……何で?」

「バスケに決まってるでしょ。明日の朝練早く来てよ。で、私と1on1して」

「……マジで言ってる?」

「言ってる」

「わかった。始発で行くわ」

「ありがと。じゃ、また」

「おう」


翌日、同じ電車に乗って2人で1番乗りで体育館に着く。

互い軽くアップを済ませて、真奈美にボールを渡す。


「そっち先でいいよ」

「どーも」


オフェンスとディフェンスを入れ替えて3戦ずつしたは、当然全勝。

そこから真奈美のオフェンスのみでさらに5戦したが、これも全勝。

先輩たちが体育館に現れたところで、勝負は中断した。


「明日、また来て。勝つまでやる」

「嘘だろオイ」


別に俺はそれを無視してもよかったのだが、その時の真奈美の目の奥にある炎に導かれ、翌日、その翌日、そのまた翌日と、部活のある日は毎日朝から1on1に付き合うことになった。

1週間、2週間が経っても。

1ヶ月、2ヶ月が経っても。

真奈美は、俺に勝てなかった。

それでもめげなかった真奈美を、俺は1度だけわざと抜かせた。


「……櫻木くん」

「初めて負けたわ。やるじゃん」

「ふざけないで」

「……何が」

「手、抜いたでしょ」

「だったら?」

「そんなことしてほしくない!」


真奈美は、目に涙を溜めていた。


「あのさ、西野」

「なに」

「なんでそこまでやるわけ」

「櫻木くんには関係ないでしょ」

「あんだろ。毎日毎日誰がこれ付き合ってやってると思ってんだよ。理由聞く権利くらいあんだろ」

「言いたくない」

「じゃ、明日から来るのやめるわ。早起きだってダルいんだよ」

「勝ち逃げするの」

「勝負する価値すらねえわ」

「……いいよね、櫻木くんは」

「何が」

「身長高くて」

「……は?」

「身長高けりゃ、そりゃ有利だよね。相手の上からシュートもできるし、ディフェンスだって腕も長い分楽だし」

「……おい」

「こんなチビじゃ勝負にならないってことでしょ。だから今手を抜いたんでしょ。もういいよ、相手したくもなかったんでしょ」

「おい!」


びくりと、真奈美が体を震わせた。

その目からは、ぽつりぽつりと涙がコートに向かって落ちていた。


「俺が何の努力もしてないと思ってんのかよ」

「……それは」

「はっきり言うわ。西野、基礎から出来てねえんだよ。フェイクかけようったって、基礎ができてねえやつのフェイクに誰がかかんだよ。シュートフォームだってなってないしさ」


真奈美は、黙って俯いている。


「俺の憧れの人は、とにかく基礎を鍛えて初心者が最初に教わるバックボードに当てるシュートを必殺技にしたくらいの選手なんだよ。その人を見習って中学からずっと基礎練習死ぬほどやってんの、こっちは」


真奈美は、ぐっと拳を握りしめた。


「せめてシュートフォームなりボールハンドリングなりどれか1つくらい基礎練習しっかりやれ。あんなもんやってもやっても足りねえんだから。改善が見られるまで俺は西野の勝負を受けない」


俺は、真奈美をひとり体育館に残して、教室へ向かった。

正論しか言っていないし、俺は間違っていない。

けれど、なぜかその日は気分が悪くて。

そのまま、家に帰った。

人生初の、仮病での休みだった。

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