第91話 ひとりじめ

「櫻木さん。突然ですが、質問です」

「本当に突然だな」


『FOREST』でのAチーム結団飲みから、6日が経った。

少し練習にも力が入り、いつもより疲れた気がする。

その練習後、広橋が和泉の所ではなく俺の元へ寄ってきた。

和泉以外なら仲のいい真奈美や三尋木の所に行くだろうし、その行動に少し違和感を感じた。


「秋といえば、何の秋でしょう」

「ベタだけど、『食欲の秋』か『運動の秋』」

「いいですね。食欲の秋でお腹を満たして、夜には運動の秋でもお腹を満たすと」

「突然ぶっこむんじゃないよ。あとゴムはつけろ」

「えへへ、ごめんなさい。で、本題なんですけど、明日の晩ヒマですか?」

「真奈美次第だけど」

「練習前に真奈美ちゃんに聞いたら、櫻木さん次第だって」

「じゃあヒマ。晩飯かなんか?」

「そうです。食欲の秋ですから」

「あいあい。どこ集合?」

「私の家でお願いします」

「ほい。誰来る?」

「前の鍋パメンバーです」

「了解。じゃ、また明日」

「はい。ありがとうございます」


広橋の家の住所を聞き忘れたが、真奈美と付き合う前に送ったから行き方はある程度わかるし、最悪迷ったら真奈美に聞けばいいだろう。

ただ、ひとつだけ知らないことがある。


「……広橋の部屋あがるの、初めてだな」


頑なに入ろうとしなかった、広橋のプライベート空間。

俺の彼女がいるとはいえ、なんとなく敷居が高い。

そんなことに今気づくくらいには、練習に集中していたのだろうか。


「お待たせ」


更衣室から、真奈美が出てきた。

あれだけ激しい練習の後だというのに、汗の臭いひとつしないどころか、ふわっとフローラルな香りすらする。


「慎吾?」


微動だにしない俺を、不思議そうに真奈美が見上げている。

生返事だけをして、並んで駐輪場へ向かう。


「広橋に、明日の晩誘われたんだけど」

「私も。慎吾が行くなら行くって言ったけど、どうするの?」

「いや、行くとは返事したんだけどさ」

「そっか。案内は私がするよ」

「ああ、うん」

「どしたの? 歯切れ悪いじゃん」


真奈美はひょいと俺の左側から首を出して、斜め下から覗き込んできた。


「あー、いや……広橋の部屋上がるの、初めてだから、さ。ちょっと前まであんだけ誘われては入るのを拒んでたわけだし」

「別に誰も気にしてないって。だいたい、あそこはもう歩と和泉くんの部屋だよ?」


それを言われて、はっとした。

そう、いるのは広橋だけじゃない。和泉もだ。

もうあそこは広橋と和泉の部屋なのだ。


「だいたい、夏に鍋パした時も私の部屋に和泉くんとかバッシーとか上げたじゃん。それだってあそこは半分自分の部屋だって思ってたからじゃないの?」

「……ごめん、あの時は特になにも考えてなかった」


真奈美の眉間に皺が少し刻まれ、頬がぷっくりと膨らんだ。


「今度黙って男連れ込んでやる」

「ごめん、ほんとごめんって。それだけはやめてくれ」

「こないだ慎吾は黙って女の子連れ込んでたわけだし?」

「してないが!?」

「2次元の女の子をこっそり連れ込んであれやこれやと」

「あの本当にその件は反省しているので何卒ご勘弁いただけませんか」

「あはは、ごめんごめん、ちょっとからかってみたくなっただけ。そんなことしないから」

「マジで心臓に悪いって」


ふぅ、と胸に手を当てて一息つくと、真奈美がぴとりと右の耳を俺の左胸に当てた。


「あはは、すごいバクバクいってるね」

「誰のせいだと思ってんだよ」

「これ、ずっと聴いてたいな」

「……真奈美が側にいる限り聴いてられるから、安心しろ」

「やった。慎吾の心臓独り占め〜」

「その文面怖くない!?」

「あっ、ちょっと速くなった」

「そりゃそうだろ! ビビるわ!!」

「あのー? イチャついてないでどいてもらえます? 私の自転車出せないんですけど?」


呆れた目でこちらを見ている三尋木のせいで、さらに俺の鼓動は速くなったのであった。

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