第89話 新チーム
無事に後期の月曜1限をすっぽかし、あまつさえ2限に遅刻してしまった。
3限を終えた俺は、その原因となった真奈美への文句をぶつくさと言いながら、原付を体育館に向かって走ららせていた。
「ったく、出席点ちょっとはあるんだぞ、本当に」
出席点が無かったら出ないのかと言われれば、正直出ないと思う。
それが月曜の午前というものだ。
「お、やってる」
体育館に着くと、既に床とシューズの摩擦音が聞こえた。
更衣室に寄る前に中を覗くと、バッシーと和泉が練習をしていた。
更衣室でさっと着替えると、ちょうど小休止に入ったのか、2人が座って何かを喋っていた。
「よ」
「おっす」
「お疲れ様です」
「何話してたん?」
「ありがたい俺からのアドバイス」
「です。『後で発表するけど、和泉はAチームだから』って早めに体育館来たら言われたんで」
「なるほどね」
「サクもだからな。あと西野も」
バッシーの一言に、思わず手を叩いてガッツポーズをしてしまった。
夏合宿のパフォーマンスを見ればA内定なのはわかっていたが、それでも嬉しい。
「本人に伝えるかどうかは任せるわ」
「内緒にしとく」
「だろうと思った。で、あれからどうよ」
「『あれ』って?」
「和泉がエッチなゲーム貸して怒られた話」
「なんでバッシーが知ってんだよ……三尋木経由か」
「まあ、な」
「その節は本当にすみませんでした」
「あれは俺が悪いんだから、和泉が謝る必要ないって。悪いと思うならバッシーにも貸してやれ」
「ちょ、櫻木さん」
「おい、やめろって」
この時、俺はバッシーと和泉の目が見開かれていることに気付かなかった。
「ちなみに三尋木に似てる子が出てるゲームは――」
「誰に似てる、ですか?」
ギギギ、と首を軋ませながらゆっくり後ろを見ると、三尋木がにっこりと微笑んでいた。
後ろで広橋が苦笑いをしている。
「よ、よう三尋木、広橋。早いな」
「そりゃ彼氏と一緒に体育館来てますからね。練習中は邪魔にならないように更衣室で駄弁ってましたけど。で、練習の音止んだっぽいから来てみたら、これですか」
「いやあ、冗談だって、冗談。ジョーク、ジョーク。OK?」
「じゃ、さっきのセリフ、彼女の前でも言えます?」
「すいませんでした。真奈美にだけは言わないで頂けますでしょうか」
後輩女子に情けなく膝と両手を地面につけて頭を下げる先輩男子の姿は非常に滑稽ではあるが、背に腹は変えられない。
「まあまあ、文ちゃんもそこまでにしとこ」
「全く。土下座するくらいなら言わなきゃいいんですよ。黙っておいてあげますから、感謝してくださいね?」
「ははーっ」
某隠居様が主人公の時代劇のラストシーンでの悪代官のように、恭しく平伏した。
「ま、広橋も言ってるけどこのぐらいで許してやってくれ。練習再開すっぞ」
「うい」
「剛さん、まだやるんですか?」
「シュート練習、まだなんだよ。サクはゴール下いてもらっていいか。アップしてないしジャンプするのはアレだけど、まあリバウンドのイメトレってことで」
「了解」
和泉のシュート特訓をしている間に、ちらほらと他のメンバーも姿を見せだした。
4限終わり組が合流してサークルの開始時刻になると、いつものようにサークル長の号令で集合する。
「お疲れです」
ヒガシに続いて、一斉にサークルメンバーが「お疲れ様です」と返した。
普段はここからチーム分けに入るのだが、今日は違う。
「先に1点だけ。秋の学祭のチーム発表です。今回も非公認扱いのチーム2組入れた4チームになります。また後で改めて連絡はするけど、まずここで発表するんでよく聞いといて下さい。公認Aチームから」
Aチームのメンバーが読み上げられる。
「西野」と呼ばれた真奈美は、ただ「はい」とだけ答えた。
それを「当然と思っている」という風に捉える人間もいるかもしれないが、俺には真奈美の声は喜びをなんとか抑えたものだとわかっていた。
現に、真奈美はチラチラ俺の方を見ている。
ただ。俺は自分の名前が呼ばれるまでは真奈美に対しては何の反応も返さないことに予め決めていた。
俺に褒めてもらうのを今か今かと待ち侘び、真奈美は少しそわそわしだした。
「櫻木」
「はい」
「以上10人です。次公認Bチーム」
つんつん、と隣から指でつつかれた。
皆に見えないように、その指を握る。
真奈美も俺の手をきゅっと握り返してきた。
静かで小さなエール交換だが、今の俺たちにはそれで十分だった。
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