第88話 ネドコ・チェンジ(後編)

合鍵で、真奈美の家に入る。

最近真奈美が俺の家に入り浸っているせいか、以前ほど真奈美の匂いは感じられない。

ちょくちょく掃除はしているからか、あまり埃が溜まっている様子は見られない。

ま、家の中漁ったら色々怒られそうだし、さっさとベッドに入って寝るとしよう。

スマホの充電器が挿さったままなので、それだけは申し訳ないが拝借をする。

俺の家に新しく充電器買って持ってきてたのか、と俺の家のベッド横のコンセントを思い出して、ひとりごちる。

ベッドに潜ると、うっすらと真奈美の匂いがした。

その匂いに包まれて意識を手放しかけた時、ある予感がしたので、俺は壁際に少しずれて、壁側に体を向けた。


予感通り、ガチャガチャ、と玄関の鍵が開く音がした。


そのまま玄関を開けた人物はこちらに向かって歩いてきて、ベッドに潜り込んだ。


「なんだよ」

「一緒じゃなきゃやだ」


真奈美は後ろから俺の首に腕を回して、力を入れた。


「首、締まってる」


トントントン、と真奈美の腕をタップするが、その力は逆に強くなった。


「マジで締まってるって、ちょっと」

「一緒に寝てくれなきゃ締め落として無理矢理一緒に寝る」

「わかった、わかったから」


俺が観念すると、ようやく腕の力が弱まった。


「そんなに寂しかったか」

「寂しくなんかないし。慎吾の監視だし」

「真奈美の家じゃあんなゲームできないって」

「スマホでやってるかもしれないじゃん」

「んな無茶苦茶な」

「とーにーかーく、昼間の話はなし! 一緒に寝る!」

「はいはい」


俺の家に枕が1つしかなかった時と同じく、真奈美は俺の腕を枕にした。

そういえば、この家で一緒に寝るのはいつぶりだろうか。

もしかしたら、あのイチャイチャゲームの日以来か。

よく恥ずかしげもなくあんなことできたよな、俺達も、あいつらも。


「慎吾、寝た?」


そんなことに思いを馳せていると、腕の中の真奈美から呼びかけられた。

もう10月1日にもなったんだし、本当に早く寝ないとまずいので、俺はその呼びかけを無視した。


「起きてるでしょ」


もちろん真奈美にはバレているが、そんなことは関係ない。

今日だけは理性が勝たねばならないのだ。


「ふーん」


何か悪いことをしそうな声が聞こえたが、俺は狸寝入りを続ける。


「いつかみたいに襲っちゃうぞ」


それは勘弁して欲しいが、それでも俺は寝たふりを続ける。

そっと俺のお腹のあたりに手が置かれて、その手が下へ下へと少しずつ動いていくのを感じる。


「やめなさい」


これ以上無視すると本当に好き放題されかねないので、渋々ではあるが起きることにした。


「やっぱり起きてた」

「寝なさい」

「眠くない」

「それでもだよ」

「ちゅーしてくれたら寝るかも」

「王子様のキスはお姫様を起こすために使うんだよ」

「私たちは一般庶民なので関係ありませーん」


例え話を普通に返されてしまったので、反論する気力すら失せてしまった。


「ほら、はやく」

「わかった、わかった」


俺は真奈美を抱き寄せて、そっとおでこにキスをした。


「……もう怒った。絶対寝かさない」

「ごめん、ごめんって」

「なんでおでこなの」

「……唇にすると、止まれなくなりそうだから」

「……エッチ」

「さっき襲おうとしたのはどっちだよ」

「記憶にないし」

「ずっこいなあ」

「女はずるい生き物なんだよ」


真奈美は、そう言うと俺の唇を奪った。


「これで、慎吾は止まれなくなっちゃったね」

「……後悔するぞ」

「お互いにね」












そして。


「だーかーら俺は言ったんだよ『別々に寝よう』『後悔するぞ』って!」

「あーもうわかってるよそんなことー!」


現在、午前10時。

やっぱりこうなってしまった。



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