第87話 ネドコ・チェンジ(前編)
困ったことになった。
「真奈美」
「なに」
「どいて」
「やだ」
俺のベッドの上から、真奈美がどかない。
俺は、寝たい。
さっさと寝たい。
「一緒に寝ればいいではないか」と思われるかもしれないが、そうはいかない。
今日は、9月30日。
つまり、明日から後期なのだ。
しかも、忌々しいことに月曜日である。
さらに、腹が立つことに1限からである。
ということで、俺はこの夏休みに乱れた睡眠時間を正常に戻さなければならない。
こないだの
それを無理矢理にでも矯正すべく、昼間に話し合って「今日はお互いの家に帰って別々で寝よう」というもとになったわけなのだが、いざ寝る段階になって、真奈美はこの有様だ。
「家に帰りなさい」
「やだ」
「『一緒に寝るとうだうだして後期の1発目から出席できないかもだし』って言ってたのは誰だよ」
「やっぱやめた」
「あのなあ」
ぽふん、と真奈美は枕に頭を埋めた。
このまま寝られてはたまらないので、俺は枕を引き抜いた。
そのまま、ぼすん、とシーツに頭が埋まった。
俺の枕引き抜きには何の効果もなかった。
「まーなーみ、どーいーて」
「やーだ」
こうなったら仕方ない。
俺が家から出て行くしかない、という感じにすれば、真奈美も帰るだろう。
明日の教材が入ったバッグに明日着て行く服を畳んで詰める。
「……なにしてるの」
「真奈美がどかないから、俺が出てく」
「どこで寝るのさ」
「真奈美の家」
「は?」
「なんだよ」
「だめ」
「なんでだよ」
「慎吾が私の匂い嗅いで興奮しそうだから」
「誰がするか、そんなこと」
真奈美を放置して、俺は家を出た。
原付に鍵を挿してエンジンをかけると、後ろから真奈美が追いかけてきた。
「ちょっ、ほんとに私の家で寝るつもり!?」
「そうだけど」
「えー……」
「嫌なら真奈美が帰ること」
「……わかった」
ようやく理解してくれたようなので、俺はエンジンを切った。
元々俺は真奈美の部屋で寝る気などなかったので、一安心だ。
真奈美には申し訳ないが、嘘も方便ということで――
「慎吾、私の家で寝ていいよ」
――え?
「絶対変なことしちゃダメだからね。おやすみ」
真奈美が、俺の部屋へ戻っていった。
これは、嘘から出た真というやつですか?
いや、違う。
真奈美のことだから、俺が元から真奈美の部屋で寝るつもりがないのを見抜いているのかもしれない。
ここであっさりと引き下がれば、「仕方ないなあ、一緒に寝てやるよ」と俺が戻ってくると思っているのだろう。
「残念だったな、真奈美」
俺は再度キーを回して、原付に跨った。
ちらりと斜め後ろを見ると、俺の部屋のドアが開いた。
わっはっは、こっちは全てお見通しなのだ。
10月1日を知らせるアラーム代わりの原付のエンジン音が、閑静な住宅街の一角を通り抜けていった。
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