第84話 真奈美のいない3日間(最終日)
睡眠もそこそこに、和泉に借りたゲームの続きをする。
昨日は所謂「共通ルート」だったので、今日からは本格的にこのキャラの攻略に入る。
俺はひたすら文字を読み続けた。
2人が結ばれた夜のエッチのシーンでは、思い切り泣いてしまった。
性行為を見ながら涙を流したのは、人生でも初めてかもしれない。
その後も読み進めていくと、なるほど確かに、和泉の言う通り参考資料になりそうなシーンもあった。
なるほど、こういうのも――
「いかん、いかん」
俺は一旦離席して、精神を整えるためにタバコを吸うことにした。
火をつけた後、無意識に隣に目を向けてしまう。
「……いないんだよなあ」
苦笑をしながら、煙を吐き出す。
パソコンのファンの音と俺の煙を吐く音だけが、俺の耳に入ってくる。
気付けば、昼の2時。
「メシいくかあ」
今から自炊する気力も起きないので、日の光を浴びるついでに外食することにした。
真奈美とはなかなか行かないラーメン屋に照準を絞ってぶらぶらと歩く。
そして、とあるラーメン屋の前で足が止まった。
外から見る限りカウンターしかない狭い店のようだが、豚骨スープの匂いにつられて勝手に足が動く。
「いらっしゃいませ! 1名様ですか!」
若い店員の威勢のいい挨拶に気圧されつつ、適当な席に座る。
メニューを眺めてみるが、ラーメンの写真はない。
少し注文に躊躇いが生まれたが、俺の足を勝手に動かすほどの匂いのラーメンがまずいわけもないか、と思い直した。
ちょっと腹も減っているし、贅沢にチャーシュー麺にしてみよう。
「すいません」
「はいどうぞ!」
「チャーシュー麺お願いします」
「麺の硬さ等はどうされますか!」
手元の表を見ると、麺の硬さや背脂の量を指定できるようだった。
ニンニクは抜くとして、あとはおすすめでいいか。
「麺固め、脂多め、ニンニク抜き、ネギ普通で」
「かしこまりました! チャーシュー麺、カタ多め1丁! ニンニク抜きでお願いします!」
しばらく待つと、目の前にラーメンが置かれた。
店の前まで漏れ出た匂いが、目の前のどんぶりから強烈に放たれている。
スープを救って一口飲むと、電流が走った。
真奈美の作る食事はなんだかんだでカロリー計算もされているので、この脂の暴力はたまらない。
豚骨ラーメンの麺かくあるべしといった固めの細麺をすする。
ここにニンニクがあったらとんでもないことになりそうだ。
ほんのりとピンク色のチャーシューは、ホロホロと柔らかい中に確かな歯応えがあった。
美味い。
とにかく、美味い。
この瞬間だけは真奈美がいないことを忘れて、ラーメンを啜り続けた。
――忘れたままで、いるべきだった。
家に帰ると、鍵が空いていた。
ドアを開けると、真奈美がトランクの横で仁王立ちをしていた。
「おかえり」
「ただいま。どこ行ってたの」
「ラーメン屋」
「ほお。今日は1日外?」
「いや、普通に家にいたよ。真奈美がいなくて、寂しいなって」
「ふーーーーーーーーん……」
真奈美が、腕を組み直した。
家に帰った時に俺がいなくて、不満だったのだろうか。
「私がいなくて寂しかったんだよね」
「うん」
「寂しかったら、こういうことしてもいいんだ?」
真奈美は、俺のPCのスリープを解除した。
そこに映し出されているのは、先程ムラムラきてしまったせいで中断したエッチシーンの画面だった。
ヘッドホンのプラグを引っこ抜き、ディスプレイ内蔵のスピーカーから音が出る状態にして、真奈美はマウスをクリックする。
そこそこの音量で、喘ぎ声が再生される。
俺の額から、滝のように脂汗が流れてくる。
「何か言ったら?」
「すみませんでしたァ―――」
俺は、人生で最も勢いよく土下座をした。
「で、これは何?」
頭上から聞こえる冷たい声に対して、俺は床に額をつけたまま答える。
「……エッチなゲームです」
「なんでそんなことやってるの?」
「真奈美がいなくて、寂しかったからです」
「これ、いくらしたの」
「和泉からの借り物なので、タダです」
「なんで和泉くんにこんなの借りたの」
「勧められました。今画面に映ってるその子が、真奈美に似ているということで」
「で? この子を私の代わりにしようって?」
「……はい」
「抜いたの?」
「誓って、そのようなことはしておりません」
「なんでこの画面で止まってんの?」
「ムラムラはしました。まずいと思ってやめました。それでラーメン食べに行ってました」
「私は帰る予定を1時間早めて慎吾に会いに来たのに、呑気にエッチなゲームしてラーメン食べてたわけだ」
後頭部に、何かが乗せられた。
これは、多分真奈美の足だ。
「ふざけてんの?」
「ふざけておりません」
「じゃあなんでこんなことしてんの?」
「和泉と広橋がこういうゲームのシーンを参考にしていると聞いたので、俺も……ぐぇ」
後頭部にかかる重力が大きくなる。
足をぐりぐりと押し付けられているようだ。
「帰るわ」
「えっ」
「その子で抜いてりゃいいじゃん。私旅行帰りで疲れてるから。じゃ」
真奈美がトランクを持って帰っていく。
このまま帰らせてはいけない。
誤解ではないし、俺が悪いのをしっかり認めよう。
「待ってくれ」
「離して」
掴んだ腕を、すぐに振り解かれた。
俺は何も言えないまま、その場に立ち尽くしていた。
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