第81話 城は城でも
「慎吾」
「どうした」
「あつい」
「知ってる」
いつだか交わしたような会話が、今日も俺の家で交わされている。
夏休みも終わりに近づいているというのに、未だに残暑は厳しい。
「アイス食うか?」
「太る」
「真奈美は十分細いと思うけど」
「そんなことないよ。デブだよ、デブ」
「そうかなあ。お腹つまんで確かめてやろうか」
「エッチ」
真奈美がTシャツの裾を下に引っ張る。
そうすると谷間が胸元から出てくるので、ついつい視線がそっちに行ってしまう。
それに気づいた真奈美が、片手でそこを隠して睨みつけてきた。
「エッチ」
「2回言わんでも」
「だって、エッチだもん」
「真奈美が魅力的すぎるのが悪い」
「うるさい、ばか」
とうとう真奈美がそっぽを向いてしまった。
真奈美がこれ以上の会話を拒むのであれば仕方ない。
俺は椅子から立ち上がり、ベッドに寝転んでスマホをいじることにした。
「ちょっとー」
俺の背中に、真奈美がのしかかってくる。
うむ、胸の感触はバッチリだ。
「なんだよ」
「ちょっと私が拗ねたからって、それはないでしょ」
「真奈美とどこか行こうかなって色々調べてただけだよ」
「じゃあ私も一緒に見る」
「その前に、どいてくれないかな」
「やだ。慎吾への罰」
「ご褒美でもあるけどな」
「エッチ」
「いってえ」
頭を叩かれてしまった。
後頭部はよくないぞ、真奈美。
「で、慎吾はどこ行きたいの」
「んー、あんまり遠出して連泊っていうのもあれなんだよな。バイトもあるし、月島と釣り行く約束もあるし」
斜め後ろから、少し怒りの雰囲気が漂う。
「月島が男だけがいいって言うんだからしょうがないだろ。いつか2人で行こうな」
「……わかった」
「真奈美が行きたいとこ、ないの?」
「うーん……1泊2日ならいいよね?」
「いいんじゃない?」
「じゃあ、お城行きたい」
城、か。
日帰りできる範囲なら中岡城でもいいが、少し足を伸ばして隣府県の城に行ってもいいかもしれない。
正直自分にはあまり良さがわからないが、やはりロマンを感じる人はそれなりにいるのだろう。
「どこか行きたい城、あるか?」
「洋風でね、めちゃくちゃライトがついてて、すごく幻想的なの」
洋風の城、か。
ライトアップされているというのであれば、例のネズミの国だろうか。
少し遠いが、1泊2日でも十分楽しめるだろう。
夜行バスの利用も視野に入れていいかもな。
「そっちか。ごめん、和風の方だと思ってた。けっこう遠いけど、楽しそうだな」
「んーん。遠くないよ?」
遠く、ない?
新幹線や在来線を乗り継いでも4時間近くはこの家からだとかかるのが、遠くないというのか。
ではネズミのアレではないということになるが――思い出した。
ドイツの城をモチーフにしたのが隣の県にあった。
そうかそうか、そっちか。
もしかしたら俺が知らないだけで、ライトアップもされているのかもしれない。
ライトアップされている日程がないか、Google先生に相談する。
「何してるの」
「何って、え? ここじゃないの?」
画像検索結果を真奈美に見せると、真奈美はため息をひとつ吐いた。
耳の裏のかかる温かい息が、少しくすぐったい。
「違う、違う」
「えー? どこだよ」
「隣の駅だよ」
「は?」
隣の駅?
そんな洋風のお城があるなんて、聞いたこと――
「気付いた?」
真奈美が、俺の首に腕を回してきた。
「歩たちはもう行ったってさ」
なん、だと……?
「行こ?」
耳元で囁かれた真奈美の声は、この上なく官能的で扇情的だった。
「ったく、どっちがエッチなんだか」
「慎吾だもん」
「昨日より激しくしてやろうか」
「ほらね」
俺たちは、1泊2日の小旅行の準備を始めることにした。
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