第80話 夏合宿(最終日)
夏合宿、最終日。
荷物を片付けて、忘れ物チェックを済ませる。
朝食だけ合宿所の食堂で済ませて、バスに乗り込む。
バスの座席は、片方に清内組を固まらせて、新旧合宿係と清内組のバスに入りきらない一部――たとえば、広橋――が墨田組と乗車する。
美術館でよくわからない芸術作品を鑑賞し、海峡大橋の中から渦潮を眺める。
なんとなくすごいのはわかるが、特に心を動かされるということはなかった。
真奈美は渦潮に興奮して写真を撮りまくっていたが、あれの何がいいんだろう。
つくづく、自分は観光に向かない人間だな、と思う。
いつか真奈美と旅行に行ってみたいとは思うけど、こういうところで意見の食い違いから喧嘩になったら嫌だなあ。
「慎吾、つまんなそう」
「んー、正直な」
「修学旅行でもこんな感じだったよね」
「建物とか景色とか、なんか『すげー』とは思うけど、それだけなんだよ」
「わかってないなあ。特別感があるんだから、こういうのには」
「そういうもんなのかなあ」
「そういうもんなんだよ。花火大会だってそうでしょ?」
「誰かと一緒だから楽しいんじゃん、あれは」
「私と一緒じゃん、今は」
「ふたりっきりじゃないと嫌かな」
「もう、しょうがないな」
真奈美が、俺の手を握る。
周りの人間がニヤニヤとこっちを見つめる中、真奈美は俺の手を引いて離脱する。
「はい、ふたりっきりだよ」
「ったく……」
足下のガラス窓から、巨大な渦が見えた。
轟音を立てながら水飛沫を上げ、ボーッとしてると吸い込まれていきそうな気分になる。
真奈美と手を繋いでいるせいか、このままふたりで飲み込まれてもいいかもな、なんて思ってしまった。
でも、一度飲まれたら戻ってこられなくなりそうだ。
「どう?」
「……」
「おーい、慎吾ー?」
「え? ああ、ごめん。何?」
「慎吾、完全に渦に飲み込まれてたね」
「あんなのに飲まれてたら、戻ってこれなそうだなあって」
「私が引き上げてあげるよ、今みたいにね」
「一緒に飲まれたら、おしまいじゃん」
「それも、いいかもね。で、どう? いいでしょ? こういう景色を楽しむのも」
「うん。真奈美と一緒だと、違う」
「もう。ひとりでも楽しめるようにならないと」
「善処はするよ」
「『行けたら行く』の次に信用できない言葉だよ、それ」
「信用ないかあ、俺」
「慎吾がそういうところで信用できないのを、信用してるんだよ」
「なんだそれ。じゃ、今度ちゃんとひとりでどっか行ってくるわ。釣りとかさ」
「え、嫌だ。誘え」
「結局、こうなるんじゃん」
俺たちは、なんだかんだいってお互いから離れられないんだなあ、と実感した。
サービスエリアで少し遅めの昼食をとり、清内キャンパスに帰る。
墨田で降りる組を乗せたバスを見送って、帰途につく。
「あれ、広橋はあっちで降りるんじゃないのか?」
「一旦お互いの家に帰って、また夜に集合です」
「早速かよ」
「いいじゃないですか。どうせ櫻木さんも溜まってるくせに」
「そういうこと平気で言うんじゃねえ。ったく、明日和泉はバイトなんだから、ちょっとは加減しろよ」
「大丈夫です。最近ガクガクにさせられるの、私なんで」
「だからさあ……」
和泉があの日の暴露大会で少し恥ずかしそうに話していたが、マジだったらしい。
「ちょっと、歩。何内緒話してんの」
「今晩大輔とするって話してただけだよ。『バイトあるから加減しろ』って、怒られちゃった」
「もう……」
「広橋、マジでもうちょい慎みを持ちなさい」
「櫻木さん以外の男子の前じゃこんな話しないですから、安心してください」
「歩?」
真奈美の顔が、一段と厳しくなった。
「怖っ。ここらへんでやめときますね。ふたりとも、また来週〜」
「ん、またな」
「もう……またね」
広橋と別れて、ふたりで歩く。
手を差し出すと、真奈美は握り返してきた。
「今晩、泊まるか?」
「誘ってる?」
「まあ、うん」
「歩に影響された?」
「……正直、された」
「明日、バイトでしょ?」
「ダメか?」
「手加減できないかもよ?」
「我慢させるよりマシだな」
「ふーん。言ってくれるじゃん」
真奈美の手を握る力が、少し強くなった。
明日のバイト、休もうかな。
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