第76話 夏合宿(3日目-3)

練習終わりの入浴を済ませて食堂に行くが、真奈美の姿はなかった。

しばらく食堂で待ってもよかったが、どうせなら1本吸おうと喫煙所へ向かう。


「あ、お疲れ様です」

「お疲れ様です」

「おう、お疲れ」


道中、食堂へ向かう月島と平石とすれ違う。

平石は、少し複雑そうな顔をしていた。


「もう晩飯食べたんすか?」

「いや、真奈美が上がってくるまで待つ」

「あー……」


月島が、微妙な顔で平石の方を見た。

平石はその視線に気付くと、「行くぞ」と月島を急かす。

俺に小さく礼をすると、月島は平石についていった。

頭の後ろを掻きながら、俺は喫煙ルームの扉を開けた。






チェーンスモーキングが5本目に達した頃、、真奈美からの「今上がった。もう食べた?」というLINEが届いた。

「まだ」という2文字とタバコを吸うパンダのスタンプを吸った本数分送ると、喫煙ルームの扉が開く音がした。

バッシーかウタが吸いにきたのかと思いきや、そこには月島と平石がいた。


「あれ、月島って吸ったっけ? つか平石は未成年だろ」

「1本頂いていいですか? れんはいるだけなんで」

「……まあ、いいけど」


月島にタバコ1本とライターを渡す。

火をつけるのに手こずっていたようだが、コツを教えるとすぐについた。


「これ、なんかすごいっすね」

「メンソール入りだからな。スーッとするやつ」

「普通のタバコって入ってないんですか」

「そう。どれくらい煙吸ったかわからなくなってむせるから、俺は入ってるの吸ってる」

「あー、そういう感じなんすね」

「で、なんだよ急にタバコなんて吸い出して。平石はそもそも吸わないのに入ってきてるし」


月島が、平石を肘で小突く。

ヤニ臭い喫煙所の空気の中で平石は息を大きく吸い、吐いた。


「あの、すみませんでした」

「何が」

「さっき、失礼な態度をとってしまって」

「別に気にしてなかったんだけどな」


本当に、気にしていない。

確かに失礼な態度だったかもしれないが、あの程度で目くじらを立てて怒鳴るような真似はしない。


「その、西野とのこともあるので」

「それも別に気にしてない」


こっちは、嘘である。

今でも真奈美と平石が話してれば聞き耳を立てるし、1回生だけの飲み会がある日は何かないか不安になる。

昨日ここで真奈美に色々言ったわりに、俺も大概カッコ悪い。


「あのさ、平石」

「はい」

「俺に何か謝らなきゃいけないようなこと、真奈美にしたのか」

「いえ、全く……その、喋っただけでアウトって言われたら、アレですけど」

「なわけあるか。触ってからがアウトだ」

「えっ」

「なんだ?」

「……あの、1回生でボウリング行った時のハイタッチとかは」

「逆によくその程度のこと覚えてんな」

「……すいません」

「真奈美のこと、まだ好きか」

「……わかりません」


平石が、赤くなって縮こまった。

その目線は、俺の足元に向けられている。

どっからどう見たって、まだ真奈美のこと好きだろ。


「平石」

「はい」

「平石が諦められずにこのまま一生ズルズル行こうが、俺は知らんぞ。そこまで面倒見るほどお人好しでもねえし」

「はい」

「ただ、サークルの先輩として、後輩から相談を受けたら必ず乗る。真奈美の攻略法以外なら教えてやる」

「……もし、『教えて下さい』って言ったら?」

「殴る」

「えっ」

「冗談だよ」

「やめてくださいよ、そういうの」

「まあ、フラれた女のこと1年引きずって大学の1回生の間を過ごした俺に聞いてもあんまり得るものはないけどな。俺より、割り切り上手の月島のがいいとおもう」

「あいにく、恋愛についての割り切りは下手なんですよね」

「やっぱ元カノいるんじゃねえかよ」

「いないっすよ。片想いなんで」

「へえ」

「あっ」

「いやー、いいこと聞いたな。平石、今晩102来いよ。月島に過去を洗いざらい吐かせようや」

「いいですね。よし智樹ともき、今夜は腹を割って話そう」

「なんでだよ、おかしいよ」


平石が、月島の肩に手を回す。

俺も月島の隣に座って、平石に掴まれた方とは逆の肩を掴んだ。

月島は観念したようにうなだれたが、せめてもの仕返しとして平石に煙を吹きかけた。

平石が悶えていると、喫煙ルームの扉が開く。


「……何してんの?」

「おう、真奈美。飯行こうか」

「……いや、それどころじゃなくない?」

「はいはい、行くぞー」

「え、ちょっと、えー……?」


真奈美には、男同士の積もる話があったということで誤魔化した。


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