第75話 夏合宿(3日目-2)

3日目の午後のチーム戦は、女子が男子側に混じってもいいことになっている。

これは、秋の学祭に参加するAチームを決めるためだ。

とはいえ、機会があるといえど中々女子側から参加する人間はいない。

実際、去年は1人もいなかった。

ただ、今年は違う。


「「よろしくお願いします!」」


フジと、真奈美。

女子2人のAチーム入りへの挑戦が、始まった。


真奈美とチームメイトになれればアシストもできたかなと思うが、あいにくの敵側。

マッチアップの相手はバッシー。

バッシーの動きに真奈美のディフェンスがついていけるとは思わないので、真奈美のポイントは、バッシーの面倒なディフェンスを躱していかにシュートを入れられるか。


「フジはこっちか」

「よろしく。今日そっち見ないでパス出すかもだから、ちゃんと準備しといてね」

「了解。ウタ対策?」

「そういうこと」


ウタは、人の目を見る。

どっちにパスを出すのか、それかドライブで切り込むのか、シュートを打つのか、目の奥を見て判断する。

身長が低い方のウタが活躍できるのは、いち早くシュートやパスを読んで先回りして守れているからだ。




試合展開は、こっちの有利に進んだ。

フジのパス供給が非常に冴え渡り、オープンになっている選手を見事に見つけてそこにパスを出していく。

バッシーとのコンビネーションも合わさり、ナッシュとジノビリの共演を見ているかのようだった。

対して真奈美は、バッシーがピッタリとマークし続けたのもあり、中々シュートを打たせてもらえない。

女子の身長では止められないシュートが、男子では止められる。

焦ってタフショットに走らないのは立派だが、このままでは爪痕を残せない。


10点差でのハーフタイム。

得点はミドルシュート1本の2点だが、5アシストを稼ぎ出したフジはここでお役御免。

恐らく、A入りだ。

俺も6点、4リバウンドと調子は悪くなく、このままでいけばA入りだろう。

真奈美の方を見ると、タオルで顔を覆ったまま俯いていた。

勝負の世界とは、時に残酷だ。

その中で、ウタが何やら声をかけている。


「おーいサク、聞いてっかー?」

「ああ、悪い。なんだっけ」

「彼女が活躍できてないのはわかるけど、そこは分けて考えろよな」

「わかってる、わかってる。手は抜かねえよ」

「よし。じゃ、後半いくぞ」




後半最初のディフェンス。

戦術を変えてきたのか、ボールをウタではなく真奈美が持っている。

ラインの遥か後ろからでもシュートを打つ真奈美に対して、バッシーはセンターサークル付近からきっちり距離を詰めてマークする。

たまらず他にパスするかと思いきや、真奈美は右側のコーナーに向かってドリブルを始めた。

誰かがスクリーンに入るわけでもなく、ただただ進むだけのドリブル。

このままでは端に追い詰められるだけ、と思ったその時。

真奈美は、無理やりシュートを放った。

このままではリングの遥か右上にすっぽ抜けて――待て、右上?


バックボードに当たったボールが跳ね返って、リングに吸い込まれる。


真奈美を見ると、俺に向けて「2」のサインを出していた。


高校時代にスランプに陥った真奈美に、俺が出した提案。


「初心に帰って、バックボード狙ってみたら?」


俺が最も好きで、背番号21を選んだ理由になった選手が必殺技にまで昇華させた、バンクショット。

あれを、ラインの後ろから、無茶な体勢でやってのけた。


「やるじゃん!」

「でしょ!」



こちらの攻撃がミスショットに終わり、再び真奈美がボールを持つ。

左コーナーでボールを持った真奈美が、ラインをなぞるように右コーナーへドリブルをする。

さっきのようなシュートをさせまいと張り付くバッシーだが、そのマークはゴール正面で外れた。

観戦しているメンバーも興奮の声を上げるようなステップバック。

通常はゴールに対して正面を向いて後ろに下がる動きだが、真奈美はゴールに対して真横を向いた状態で、サイドステップでゴールから遠ざかった。

それでもギリギリまでついてきたバッシーのプレッシャーにより、ボールはリングに弾かれる。

俺は落ちてくるボールをキャッチして、振り向きざまに相手ゴール近く目掛けてぶん投げる。


「『シュートの後はすぐディフェンス』つったろ、真奈美」


真奈美の裏をとってゴール下まで来ていたバッシーにボールが渡り、速攻での2点が入った。

俺を振り返った真奈美は、親指を下に向けた。




バッシーと俺はそこで交代となったが、真奈美はその後も試合に出続けた。

何の因果かわからないが、バッシーと代わって真奈美のマークについたのは平石だった。

大切な彼女の体に絶対に触れないように目を光らせていたが、真奈美は平石を全く寄せ付けることなくシュートを決めていった。


「バッシーって、やっぱすげえんだな」

「いや、西野のがおかしいんだろ。俺、一応全国ベスト8だぞ」

「そういやそうだったわ」

「むしろ西野がいて全国行けてないチーム、なんなんだよ」

「当たったのがその年全国ベスト4のからしば松本まつもとだったんだよ」

「あー、おっけ。俺が悪かった」


真奈美は3本目のスリーを沈めたところで、お役御免となった。



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