第74話 夏合宿(3日目-1)
朝。
掛け布団もかけずに爆睡している自分に気付く。
「やっべ、何時!?」
枕元に転がっている、充電コードの差さっていないスマホを見ると、まだ5時半だった。
真奈美との夕食後、誰もいない部屋に帰ってからの記憶がないので、すぐに爆睡をかましてしまったのだろう。
体を起こすと、俺の右隣には月島がいて、そのもうひとつ隣には和泉がいた。
「え、なんで……?」
よく見ると、和泉の向こう側にはモッチがいた。
「は?」
なぜ101号室組がこっちで寝ているのか。
「ふわぁ……あ、櫻木さん」
「悪り。起こした?」
「大丈夫です……」
「ごめん、なんで和泉とモッチがあっちにいんの?」
「あー、昨日の会議的なやつで、追い出されてこっち来たんですけど、そのまま寝落ちしちゃいましたね」
「そういうことね、なるほど。狭い中寝ててもアレだし、俺ちょっと外散歩してくるわ」
「あ、俺も行きますよ」
「そう?」
寝ぐせを整えて歯を磨いたら、外に出る。
既に日の出時刻は過ぎて、東の空に太陽が浮かんでいた。
「すいません、お待たせしました。行きましょうか」
「桟橋のとこまで行くか」
「はい」
ゆっくりと歩を進める。
夜明けの気温が最も低い時間帯とはいえ、しっかりと暑い。
額に汗が浮かび出した。
「暑いっすね」
「戻るか?」
「いえ、このまま歩きましょう」
「おっけ」
一昨日釣りをした桟橋に着くと、月島はひとつ大きく伸びをした。
「いやあ、早起きして、こういうことするの、いいですね」
「だなあ。合宿、楽しいか?」
「ちょっとしんどいっすけど、めっちゃ楽しいです。これで3回の先輩と一緒に練習できるのも、最後なんですよね」
「そうだな。寂しいか?」
「4ヶ月とちょっとしか関わりないんで、ぶっちゃけそんなにですね。櫻木さんとかの方が寂しいんじゃないですか?」
「まあな。お世話になった先輩、いっぱいいるし。けど、高校の部活ほどじゃないな」
「確かに。高校の頃は、部活が生活のほぼ全てみたいなとこありましたからね。そのせいで浪人しちゃったみたいなとこあるんで」
「つってもウチの大学受かってんだし、元々頭良かったんじゃないの」
「ゆーてですよ。予備校が良かっただけです。マジで感謝っすわ」
「予備校の悪口言わない浪人生、月島が初めてだわ」
「予備校に居るのって、受験失敗して精神病んだ人間ばっかですからね。なんか捌け口欲しいんじゃないですか? 俺はそもそも現役の時は直前E判定で受けて案の定落ちただけなんで、特に何もなかったですけど」
真奈美も、予備校通いの頃は精神を病んでいたのだろうか。
恋人と離れ離れになって――いや、実際はあっちからフッたんだけど――もう1年受験勉強漬けになるストレスを抱えて。
真奈美は、浪人生時代の話をあまりしない。
昨日、嫉妬を抱く自信のことを「カッコ悪い」と言っていた。
もしかしたら、浪人生時代のことも「カッコ悪い」と思っているのかもしれない。
俺に追いつくために、必死に努力した時間のことを、そうは思ってほしくないのだけれど。
「なんか、月島ってすごいな」
「そっすか?」
「いい感じに割り切りができるっつーか、なんかそういうとこ。釣りだって、当たりが来ないのを割り切ってないとできないだろうしさ」
「釣りの時はなんも考えてないだけっすよ。実際、俺にも割り切れてないこと、いっぱいありますし」
「そうなのか?」
「当たり前じゃないっすか」
「ちなみに?」
「ノーコメントで」
「ダメだったか」
日光の水面への入射角が、大きくなっていく。
空も青くなり、海は煌めき出した。
「いつか話してくれよ」
「しかるべき機会があればですね」
「楽しみにしてるわ。そろそろ戻るか。腹減った」
「ですね」
「あ、そうそう。次釣り行く時、真奈美も連れてっていいか?」
「えー、俺目の前であのイチャイチャ見せつけられるんすか?」
「なんだよ、そんなイチャついてねえだろ」
「無自覚すぎますよ。俺の気持ちも考えてください」
「わかった、わかった」
「あー、俺も彼女欲しい」
「来年の後輩に期待しろ」
「俺、既に浪人してんですよ? 西野みたいに追っかけてきてくれる同級生いませんよ?」
「なんでそういうのに限定しちゃうんだよ。普通に付き合ってる2人だっているだろ。バッシーと三尋木とか。さては、俺らのこと羨ましがってんな? いや、違うか。さっき言ってた『割り切れないこと』か? 高校時代の元カノでもいるのか?」
「すいません、先行きます」
「おい、ちょ、ずっこ! 吐け!」
全力ダッシュで逃げる月島には合宿所に帰るまでには追いつけず、結局口を割らせることはできなかった。
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