第73話 夏合宿(2日目-2)
「つっっかれたああぁぁ」
最後のチーム戦が終わり、全員がバタバタと床に倒れる。
休みの組があるとはいえ、しっかりと練習した後に普段のガチマッチのノリで3戦も1日にこなせば中々くるものはある。
最初絶好調だった真奈美も、最後の方になるとシュート精度が落ちていたようだった。
「お疲れ」
「ありがと」
少しカクつく足で真奈美の元に向かい、スポドリを手渡した。
半分くらいを一気飲みした真奈美は、まるで1杯目のビールを飲んだら後のような声を出す。
「ぶわぁ、生き返るぅ」
「おっさんかよ」
「ひどい。私はまだピチピチの二十歳だぞ」
「二十歳の女子が『ピチピチ』なんて言うかよ」
「えーん、慎吾がいじめるー」
あまりにわざとらしい泣きマネには、誰も近寄ってこない。
そもそも俺たちに混じる気力が、皆残っていないのだ。
生暖かい目で、何人かがこっちを見るのみ。
「はいはい、着替えて風呂と晩御飯だぞー」
「ひーきーずーるーなー」
どこぞの副長カップルを想起させる俺たちに、一部から笑いが漏れる。
流石にずっと引きずるわけにはいかないので、途中から真奈美を抱えていく。
女子の部屋までは連れて行けないので、1階の階段で下ろすと、真奈美はその場に座り込んだ。
「真奈美、俺はここまでだから」
「わかってる」
「はい、じゃあ部屋に戻りなさい」
「その前に、吸いたい」
「はいはい」
吸わない限り2階に行く気がなさそうなので、俺は部屋に戻り、ライターとタバコを持ってくる。
「はい」
「ありがと」
「いつぶりだろうな」
「ん?」
「真奈美がもらいタバコするの」
「えー……いつぶりだろ? 多分確定飲みの前くらいだったかも。私が自分で買ったの、そのくらいだったような気がする」
「……あ、思い出した」
「いつ?」
「広橋とのデートから帰ってきた次の日くらいに、真奈美がすっぴんのまま突撃してきて俺の背中で泣いてた時だ」
「なっ、あ、思い出さなくていい!」
「可愛かったなー、あの時の真奈美」
真っ赤になりながら、タバコを持っていない右手でポカポカと殴ってくる真奈美。
頭をぽんぽんと撫でると、ちょっと殴る力が強くなった。
「ごめん、ごめん。でも、可愛かったのは本当だから」
「可愛いって言ってくれるのは嬉しい。けど……あんまり、思い出してほしくなかった」
「なんで?」
「あの頃、1人になるとおかしくなりそうだったから。慎吾が歩に取られないか不安で、それこそ歩と同じ思考回路になった時もあった。慎吾の前じゃ抑えてたけど……嫉妬に狂った私、カッコ悪いじゃん」
「なにが?」
「なにが、って」
「ヤキモチ焼くとか、嫉妬するとか、俺のことそれくらい好きだったって証拠じゃん。嬉しいよ、それが。むしろ早くその想いに応えられなかった俺がカッコ悪い」
「……その頃の慎吾がカッコ悪かったのは事実だけど」
「おい」
「でも、慎吾はカッコいい」
「はは、どっちだよ」
「どっちもだよ」
「そうか。真奈美はずっと可愛いけどな」
「ばか。ほんっと、ばか」
わしゃわしゃと撫でてやると、真奈美は不満そうな顔で煙を吐き出した。
風呂に入り、真奈美と待ち合わせて食堂へ向かう。
風呂上がりの真奈美からは、普段と少し違う匂いがした。
改めて、合宿に来たんだなという実家が湧く。
「何にする?」
「ハンバーグ定食」
「私もそれにしよっと」
ごろりと大きなハンバーグが2個乗った、空きっ腹にはもってこいのメニュー。
風呂より先に食事に来たメンバーとは少し離れた席に、向かい合って座る。
「「いただきます」」
身がぎっしり詰まっていて、それでいて脂っこくないハンバーグ。
ひとくち目で、おかわりをしに行きたくなってしまった。
「おいしいね、これ」
「うん。いくらでもいけそうだわ」
「私も、今度ハンバーグ作ろうかなあ」
「そういや、真奈美のハンバーグって食べたことないな。なんでだろ」
「作るの苦手でも味が嫌いでもないんだけどね。私もなんでかわかんないや。食べたい?」
「うん。食べたい」
「わかった。合宿明けの楽しみがひとつ増えたってことで」
「じゃあ、いいワイン探しとくよ」
「やりい」
そういや、真奈美と一緒にワイン飲んだこともなかったな。
俺は、はじめてづくしの日を待ち遠しく思うのだった。
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