第68話 帰省(3日目)

親が帰ってくる前に色々片付けて、真奈美は帰った。

何故か水切り棚に2つ皿があることには特に母さんは触れず、そのまま夕飯、就寝となった。


明くる朝、昼過ぎに真奈美はやってきた。

自転車だけ俺の家に置いてもらった後、2人で砂浜まで歩く。

海水浴場として整備もされていない、普通に砂利が混じった砂浜は、いい足ツボマッサージになる。

日除けのビーチテントを立てて、その中にクーラーボックスと脱いだ服を放り込み、熱中症予防の塩タブレットを食べる。


さあ、海だ。


同時に海にダイブして、水深がある程度深くなるまで波に逆らって泳ぐ。


「ここらへんでいいかな」

「そだねー」


俺が立ってもへそ上くらいまで水に浸かるくらいの高さの所で泳ぐのをやめて、海中ウォーキングに切り替える。

水に濡れた髪から来るセクシーさと可愛い系のピンクの水着とのギャップが、より真奈美の魅力を引き立てている。

隣を歩く真奈美の肩に水中で手を回すと、真奈美は少しくすぐったそうに声を出した。


「もう」

「真奈美があまりに可愛くて綺麗だから、つい」

「水中はナシじゃないけど、流石に岩陰でもないし、なんか海水は危なそうだからだーめ」

「わかってるよ。でも、キスくらいはいいだろ」

「しょうがないなあ」


夏のギラギラと光る太陽に見守られながら、俺たちは唇を重ねた。

水の浮力のおかげで、かがんだままでいることはそんなに難しくない。

真奈美の頬に手を添えると、真奈美も頭の後ろに手を回してきた。

昨日の記憶が蘇る。

唇の押し付け合いから、唇を食む動きに切り替わっていく。

お互い流石にまずいと感じたのか、同時に唇を離した。


「……結局、こうなるんだから」

「真奈美だって、乗り気だったじゃんか」

「うるさい」


変なところに手が行かないような戒めも含めて、手を繋いで歩くことにした。

ある程度のところまで行っては引き返し、またある程度の所まで行っては引き返し。

その度に、なるべく真奈美が俺の影に入って日焼けしないよう、左右を入れ替える。


「そろそろ、上がって一休みしよう」

「そうしよっか」


日差しの中で波に打たれながら水中を歩くのは、結構体力が削られる。

ビーチテントに戻ってクーラーボックスから2本スポドリを出して、1本真奈美に手渡す。

真奈美の水に濡れた喉が、こくりこくりと音を立てて動く。

また触れたくなってしまったが、塩タブレットを煩悩と共にバリボリと噛み砕き、スポドリで無理やり胃の中に流し込んだ。


「俺、ちょっと横になるわ」

「じゃ、私も」


クーラーボックスを挟んで、2人で寝転ぶ。


「真奈美」

「んー?」

「結婚してからも、またこの海に来たいな」

「うん、私も。早く指輪ちょうだいね」

「4年以上は待ってもらわないと」

「学生結婚だってあるんだよ、いまどき」

「ちゃんと給料3ヶ月分の買うから勘弁してくれ」

「ふふっ、じゃあ許してあげよう」

「助かる」

「将来は、この位置にこれじゃなくて、慎吾との子供がいるのかな」


真奈美が、未来の我が子の位置にあるクーラーボックスを撫でた。


「かもな」

「あれ、『まだ子供の話は早い』って昨日言ってなかった?」

「……なんのことだか」

「ふふっ、あれから想像でもしたのかな」

「うっせ。心を読むな」

「慎吾のことならなんでもわかっちゃうんだもん、しょうがないじゃん」

「なら、しょうがないか」

「そ。しょうがないんだよ」


将来、尻に敷かれてそうだなあ、俺。



もう1度海に入って少し泳いでから、テントを片付けて家に戻る。

シャワーを浴びて着替えて、ふたりでリビングで冷房で涼みながらタバコを吸っていると、母さんが帰ってきた。


「ただいまー……ってあら、真奈美ちゃんじゃないの。自転車2つあったから、もしかしてと思ったけど」

「おかえり」

「おかえりなさい。お邪魔してます」

「いらっしゃい。慎吾も真奈美ちゃんも、吸うようになったんやね」

「すみません、勝手にお家で吸っちゃって」

「ええよ、ええよ。慎吾の彼女やし。昔言うとたやろ、自分の家と思いなさいって」

「ありがとうございます」

「そうそう、一昨日慎吾から聞いたわ、色々と。全く、自分だけ落ちたからって私の息子をフッたらしいやんか」

「その節は、大変申し訳ございませんでした」

「そんな責めないでよ、母さん」

「ちょっとした冗談や、冗談。真奈美ちゃん、慎吾のこと、またよろしくね」

「はい。ずっと慎吾の側にいます。もう、離れたりしません」

「俺だって離すつもり、ないから」

「はいはい、ごちそうさま。いつもそうなん? あんたたち」


母さんは俺たちの向かい側に座ると、タバコを1本取り出す。

それを見た真奈美は、手元のライターに火をつけて差し出した。


「そういうことすると女が下がるから、やめな。慎吾、まさかあんた、いっつもこうしてもらっとるん違うやろな」

「違うよ」

「私たちが吸うときはタバコからもらってます」

「真奈美、言わんでいい」

「なんや、タバコ越しにキスかいな。イチャイチャしとんねえ」


3本の煙が、冷房の風で吹き流されていく。

その煙が途絶えるのは、夕飯の時間になってからだった。

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