第67話 帰省(2日目-午後)
炎天下に放置された2本のアイスのようにドロドロに溶けあってからしばらくして、真奈美のお腹が鳴った。
「……まあ、もう昼だもんな」
「あはは。こっちは満足したけど、胃の中は空っぽみたい」
「何か作ってくる。しばらく寝てていいよ」
「え、いいよそんなの。私が作るから」
「ヤったばかりの彼女にそんなことさせられるかよ」
「慎吾とくっついてたいんだもん」
「……料理中は危ないから椅子に座って待ってなさい」
「しょうがないなあ。慎吾が視界内にいるなら、それで妥協する」
真奈美が不満そうな顔をするが、声のトーンには嬉しさ混じりになっていた。
体を起こして服を着ると、手を繋いで1階に降りる。
わずか30秒程度の移動時間だけれど、やっぱり俺だって真奈美とくっついていたかったのだ。
「何か食べたいものは?」
「んー……あ、そうだ。昔、私が泊まりに来た時、慎吾がチャーハン作ってくれたじゃん。あれ食べたい」
「了解」
レシピを教わったわけではないし、誰かのを見たわけでもなく、その場のノリで調味料と卵とベーコンを投入してご飯を炒めただけ焼き飯。
パラパラでもなけりゃベチョベチョでもなく、美味くもなけりゃ不味くもない。
それが俺のチャーハン。
「はい、お待たせ」
「きたきた。はやく食べよ」
「そう急かすなって」
俺が椅子に座ってから間もなくして、俺たちは手を合わせる。
「「いただきます」」
レンゲでひとすくいして、チャーハンを口に運ぶ。
うん、普通。
中華鍋使って高火力で炒れば話は別かもしれないが、なんにせよフライパンとIHコンロでできるチャーハンってのはこんなもんだ。
けれど、真奈美はニコニコしながらこのチャーハンを口に運んでいる。
「なんだよ、そんな美味しくもないだろ」
「ううん、そんなことない。幸せの味がする」
「……なら、いいや」
幸せの味、か。
確かに、大好きな人に作ってもらった料理は、同じレシピで知らない人間が作ったものより何倍も美味しいのかもしれない。
「愛情は、最高の調味料」という言葉の「愛情」が指すものは、作る側の愛情ではなく、食べる側の作り手への愛情なのかもしれない。
「はぁ、美味しかった。ごちそうさま」
「お粗末様でした。皿、ちょうだい」
「いいの。普段洗ってもらってるんだから、今日は私がやる。冬みたいに水が冷たいわけでもないから、手荒れの心配もそんなにないし」
「そうか。じゃあ、お願いします」
「はい、お願いされました」
普段アパートで暮らしていると、キッチンと居室が別であるせいで、こういった洗い物をしているのが見えるのが新鮮に感じる。
実際、台所に立っている真奈美の後ろ姿を見たことはほとんどなかったかもしれない。
鼻歌を歌いながら皿を洗っている真奈美の背中を眺めているだけで、なんとなく多幸感に包まれる。
もしかしたら真奈美も、料理中の俺の背中を眺めて同じことを思っていたのにかもしれない。
「はい、終わったよー」
「お疲れ様。はい、灰皿」
「どうも〜」
親父と母さんが普段使っている灰皿を差し出す。
いつもとは違って向かい側に座っているせいで、身を乗り出す体勢で火の共有をした。
そういえば、昨日こうして実家で親と一緒にタバコを吸ってみて、わかったことがあったのを思い出した。
「なあ」
「んー?」
「真奈美がさ、いつだったか『なんで吸い始めたの』って聞いてきたじゃん」
「言ったね。初めてタバコ越しにキスした日」
「……よく覚えてんな」
「当たり前じゃん?」
「ごめん、忘れてて」
「いいの、いいの。今じゃ普通のキスだって数え切れないくらいしてるんだから。それで、なんで吸い始めたのか、わかったの?」
「多分、遺伝」
「遺伝?」
「ニコチン中毒の遺伝」
「なにそれ」
「あるんだよ、きっと。そういうのが」
「じゃ、私たちの子供も、タバコ吸っちゃうのかあ」
「……まだその話は、早いんじゃないか」
「まだ?」
「………………うっさい」
いつか来る俺と真奈美と、もうひとり――いや、ふたり以上になるかもしれないが――の共同生活が、リビングの天井に登る煙の中に少しだけ見えた気がした。
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