第65話 帰省(1日目)
今年の正月以来の実家。
隣県とはいえ、府の北端に近い所から県の南端に近い所までだから、けっこうな距離がある。
車でも150km程度走らねばならないし、電車でも4時間くらいはかかる。
小郷駅終点の電車を降りるまでの3時間半は真奈美がいるから耐えられたが、そこから乗り換えて地元の駅までの30分がけっこうしんどかった。
ジリジリと照らす夕陽の中、海岸沿いに歩いて10分。
そこに、俺の実家はある。
カラカラと引き戸を開けると、母さんが家に既に帰っていて、リビングで一服していた。
「ただいま。もうパート終わってたか」
「おかえり。お盆に帰らんかったくせに、急に帰ってくるっていうからビックリしたわ」
「まあ、色々あるんだよ」
「彼女でも出来たか?」
「……まあ、そんなとこ」
「良かったわ。真奈美ちゃんやっけ? あの子にフラれたって日から、抜け殻みたいやったからな。正月もあんま元気なかったし」
「……あー、そのことなんだけどさ」
「ん?」
「俺、真奈美とまた付き合うことになったんだわ」
「……え?」
「いやさ、ざっくり言うと、真奈美が俺をフったのは自分だけ受験失敗したからで、浪人して俺と同じ大学入ってきて、色々あってまた付き合おうってなった」
「へえー。その辺、詳しく聞かせて欲しいんやけど?」
「……明後日、真奈美がウチ来るから」
「……ははーん、帰省やなくて、あそこの海で遊ぶの目的で、ウチはタダ宿ってわけか」
「いや、まあ、そう……です、はい」
「ま、顔見せに帰ってきてくれただけでもええわ。ゆっくりしていき」
「ありがとう」
俺の部屋は、正月と変わらないままだった。
捨てるのが面倒だからと放置された勉強机だけが残されていて、その上には伏せられた写真立てがひとつ。
その中にある写真は、俺と真奈美の高校時代のツーショットだ。
なんだかんだで捨てられず、でも見たくなくて、去年の夏に帰省した時に伏せた写真立て。
1年ぶりに起こすと、ちょっと埃をかぶっていた。
ふっと息を吹きかけて埃を払うと、あの頃の思い出がよりクリアに頭に流れ込んでくる。
けれど、それが今年の真奈美との思い出を押し流すことはない。
これからの真奈美を、ちゃんと大切に。
この写真立てを、二度と伏せなくてもいいように。
俺は、これからを生きようと思った。
仕事を終えた親父と一緒に食卓を囲む。
話題は、俺と真奈美の話で持ちきりだった。
昔、真奈美がウチに泊まる日に、親父と母さんが気を遣って2人で旅行に出かけたにも関わらず、手を出さずに帰して爆笑されたこと。
夏休みに毎年真奈美と一緒に近くの砂浜で遊んでいたこと。
知らないうちに俺の好みの味が母さんから真奈美に伝授されていたこと。
そして、大学に入ってからの、俺と真奈美の再会。
真奈美が同じサークルに入ってきたこと。
お互いに恋のライバルが出てきたこと。
俺も、真奈美もタバコを吸い始めたこと。
俺が、なかなかに日和って告白できなかったこと。
告白してからは、真奈美が俺の家に入り浸っていること。
いろんな話をした。
タバコの話になると、家族3人揃って火を付けだすもんだから、家族ってものは面白いと思う。
食後の風呂は、高校時代と変わらず、俺が最後。
そろそろ年だから腰がきついと嘆く母さんは、俺に久々に風呂掃除を代わってもらえて嬉しそうだった。
親父もたまには風呂掃除くらい代わってやれと思う。
料理と普通の掃除と買い物の手伝いをよくしてるのは知ってるけど、頑なに親父は風呂掃除だけはやらない。
子供の頃に風呂掃除中に転んで骨を折ったのがトラウマらしいのだが、もう50歳になる男がそれはダサいんじゃないだろうか。
風呂掃除を終えて自室に戻ると、一気に疲れが襲ってきた。
なんだかんだで、電車で4時間の移動は体にくる。
なぜ新大阪から東京は2時間ちょっとで移動できるのに、隣県への移動で4時間もかかるのか。
交通網の格差に理不尽を感じつつ、俺は意識を手放した。
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