第64話 どっち? どっち?

8月も最終週に差し掛かり、いよいよ夏合宿も迫ってきた頃。

この夏に、やり残したことが1つある。

海に行っていない。

去年行ったわけではないのだが、真奈美と付き合っていた高校時代は、夏に一緒に海に行っていたので、その続きをしたくなった。


「真奈美」

「んー?」

「海行こう」

「いいね。またあそこ?」

「そう」


中岡府から1つ南の多花原たかはら県。

有名な観光地である雲母浜きららはまから少し北にある近南きなみちょうが、俺の地元だ。

そして、俺の実家のすぐそばにある、海水浴場にもなっていないただの砂浜。

地元の人間しか寄らない上に、8月の終わりとなれば俺たち2人しかいない、絶好のデートスポットだった。

お盆は2人で過ごしたため帰省もしていなかったので、俺と真奈美も帰省ついでに海水浴デートと洒落込むことにした。

ちなみに真奈美の地元は近南町のすぐ北側にある、小郷おごうにあるので、自転車を漕げば1時間かからずに来れる。

今の便利な生活の慣れると自転車で1時間というのは途方もない距離に感じるが、当時はお互いこの距離を行き来しあったものだった。

さて、行くことに決まったのはいいが、問題は日程だ。というかバイトだ。

夏合宿は9月の6日〜10日なので、バイトを休む必要もないし、1回くらい帰省休みを取らせてもらってもいいかもしれない。

俺は早速花音さんに電話をかけると、来週火曜と水曜の休みを取れないかとお願いした。

以前に土日に代わりに出たお礼で、守屋さんがシフトを代わってくれることになったため、快くシフト変更は了承された。


「バイト休めるって」

「こっちも大丈夫。よーし、海だ、海だぁ」


真奈美も同じくバイトを休めたらしい。

けっこう急なシフト変更ではあるが、真奈美もちょくちょくシフトを代わってあげてるらしいので、今回はすんなり代わってもらえたようだ。


「よし、水着買いに行こう」

「行ってらっしゃい」

「ちーがーうーでーしょー! 一緒に行くの!」

「浴衣と一緒で、初見がいいんだけど……」

「それはダメ。浴衣はたいてい何でもなんとかなるけど、水着はちゃんと好みに合わせたいから。付き合って」

「わかった、わかった。今から?」

「もちろん。はい、支度して」


真奈美に急かされ、出かける準備をする。

とはいえ、俺の準備なんて適当に着替えるだけで済むし、むしろ真奈美の方が準備にしっかり時間をかけないといけないので、結局手前までダラダラする羽目になるのだが。

こういう時、女子から見たら男子はうらやましいんだろうな、と思う。





真奈美に連れられて向かった竹田のアパレルショップ。

夏真っ盛りなのもあって、水着コーナーにも力が入っているらしい。

自分のも買っておきたかったので、ネイビーのサーフパンツを1つ買っておいた。


「わ、これ可愛い」


そう言って真奈美が手に取ったのは、ピンクのフリル付きの水着。薄くではあるが花柄のプリントもされてて、下はどちらかというとミニスカートのような形になっている。


「こっちもいいなあ」


もうひとつ手に取ったのは、シンプルな黒ビキニ。

白い砂浜に生えるデザインで、真奈美のセクシーさをアピールするにはこっちだろうか。

となれば、予想されるのはこの質問。


「ね、どっちがいい?」


そらきた。

こういうのは素直に俺の好みを伝えることにしているのだが、今回ばかりはどっちも好みだから困る。


「待って、マジで今迷ってるから」

「だろうね。慎吾の好きそうなの選んだもん」


何もかもお見通しであった。

となれば、ここはやはり――


「試着してもらっていいか?」

「了解。他の荷物持ってて」

「はいよ」


店員さんに許可を取り、試着室へ。

まず真奈美が選んだのは、ピンクの水着だった。

露出度はそこまで大きいわけではなく、清楚ながらも可憐な感じを醸し出している。


「おぉ……」

「どう?」

「可愛い。これ、めっちゃいい」

「語彙力のなさよ」

「元々ないのが消し飛んだんだよ」

「なら許そう」


真奈美は、もう片方に着替えるためにカーテンを閉じた。

着替え待ちの間、あの水着を着た真奈美との海水浴デートの妄想をする。

フリルやスカート部分をひらひらさせながら、海に入って水の掛け合いなんかできたら最高じゃないだろうか。


「はい、お待たせ」


黒のビキニで出てきた真奈美は、なんかもう、ヤバかった。

明確に強調された谷間と、少し食い込んだお尻の部分が、こう、ダメな感じがする。


「ごめん、カーテン閉じて」

「なんでさ」

「ちょっとヤバい」

「へぇ〜。じゃあ、このまま抱きついちゃおっかなあ」

「ほんとヤバいんだって」

「わかった、わかった。着替えるから」


本当に危ない所だった。

試着室から外へ出そうものなら、あの真奈美が大衆の目に晒される可能性がある。

そんなこと、許してはならない。


「まったく、慎吾はえっちだなあ」

「うるせえ」

「で、どっちが良かった?」

「……あっ」


しまった、何も考えていなかった。

究極の2択の解答を必死に脳内で出そうとするが、どうしても無理なものは無理だ。


「ま、どっちも買うんだけどね」

「へっ?」

「選べないくらいどっちも好きなんでしょ?」

「……はい」

「じゃ、どっちも買うのが正解なんだよ」

「……なるほど」


あれ、でも火曜に向こうに着いて、水曜はお互いの実家で過ごして、木曜に海行って、金曜に帰るって日程だったような……いつ2着とも着るんだ?

その疑問の答えは、後に判明する。

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