第58話 おもいでのこし
「ただいま〜」
「おかえり」
浴衣と甚平姿のまま、俺たちは帰宅した。
一緒に家に入りはするけど、玄関のドアを通るときの挨拶は違う。
いつかは逆になるんだろうか。
そんなことを考えながら、絡めた指をほどく。
「えい」
「っとと」
真奈美が、俺の正面から抱きついてきた。
「どうした」
「私の彼氏が、カッコいいので」
「そりゃ、仕方ない」
俺も、真奈美を抱きしめ返す。
「どうしたの」
「俺の彼女が、可愛いから」
「じゃ、仕方ない」
しばらくお互い見つめ合うと、真奈美が目を閉じた。
軽く口づけをすると、俺は風呂に入りに行く準備をするため、真奈美を離す。
涼しめの格好ではあったが、蒸し暑い夏の中では、やはりべたついた汗は流しておきたかった。
「や」
真奈美が、俺の袖をくいくいと引っ張る。
散々俺の甚平姿は堪能しただろうに、まだ足りなかったのだろうか。
まあ、俺も真奈美の浴衣姿を見足りないというわけではないので、気持ちはわかる。
「写真、撮ってない」
そういえば、そうだ。
俺も真奈美もあまりパシャパシャ写真を撮るタイプではなく、自撮りもほとんどしない。
けれど、やっぱり思い出として残しておきたい気持ちはある。
背景は俺の家の黄ばんだ壁紙と、ぎこちないピースサインと共に俺の甚平姿はデータとして保存された。
せっかくなので、俺も真奈美の姿を写真に収めておく。
真奈美はノリよく両手でピースを作って、満面の笑顔をカメラに向ける。
あまり写真を撮ったり撮られたりというのは好きな方ではなかったけど、この一瞬を切り取って保存できるのなら、悪くはないのかもしれない。
「慎吾、ツーショットも」
真奈美のおねだりに応じて、ベッドに腰掛ける彼女の隣に座り、インカメラに切り替える。
ちょっとスマホを斜めに傾けて、俺の右腕に抱きつく真奈美の顔もしっかり捉えられるようにして、1枚パシャリ。
真奈美も自分のスマホで撮りたいというので、俺は真奈美の肩に腕を回した。
俺のとは逆に、下から見上げるような構図の真奈美の1枚。
同じツーショットでも、受ける印象はちょっと違う。
こういうのも、写真の面白さなのかもしれない。
今度、根来さんにでも色々聞いてみるか。
あの人、確かガチだった気もするけど。
「どーん」
「うおっ」
真奈美に突然突き飛ばされて、ベッドに寝転ぶ。
そのまま真奈美は甚平の胸元をはだけさせて、俺の首元からつぅと指を下腹部にまで這わせていく。
獲物を捕捉した猛禽類のような鋭い視線と、ちろりと唇を舐めたその舌が、指の動きと相まって今日イチの妖艶さを放っていた。
「汗、流してからな」
「だーめ」
「なんでだよ」
「今日はこのままがいい」
「わがままだな」
「わがままですから。今ここで今日の賭けの戦利品、使うね」
「なんだよ」
「今晩は、私が上」
「保証はしかねる」
「いいよ、それで」
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