第57話 大輪百景
花火の打ち上げが始まった。
青、赤、緑。
色とりどりの大輪が、夜空を埋める。
ヒュー、ドン。ドドン。
私の耳には、花火の打ち上げ音が、応援団の太鼓のように聞こえた。
ゴーゴー、レッツゴー、三尋木。なんてね。
隣の石橋さんは、どういった気持ちでこの花火を見つめているのだろう。
花火じゃなくて私に見惚れてくれていたらなあ、なんて。
ちらりと横を見たけど、そんなことはなくて。
少しがっかりしたけど、私の恋は常にこうだった。
彼を、振り向かせる戦い。
「……綺麗ですね」
「そうだな」
ちっ、ダメか。
「お前の方が綺麗だよ」なんて、言って欲しかった。
まあ、石橋さんは――櫻木さんや、宇多田さん、それに和泉くんもだけど――「お前」ってワード、ほとんど使わないけど。
「三尋木」
「はい」
「間、詰めていいか」
「どうぞ」
石橋さんとの間にあった拳2個分くらいの隙間が埋まり、体が浴衣と甚平越しに触れる。
こつんと彼の肩に頭を預けると、乗せやすいように左肩を下げてくれた。
「三尋木」
「はい」
「手、握っていいか」
「どうぞ」
さっきと全く同じやり取りで、石橋さんの左手と私の右手が繋がる。
今度は、手のひらと手のひらが触れ合って。
私がそれだけじゃ嫌だと手をもぞもぞ動かすと、石橋さんは握る手を緩め、指と指を絡めてきてくれた。
「石橋さん」
「ん?」
「あの時の告白の返事、していいですか」
「あの時って……あれは、別に告白なんかじゃないって言っただろ」
「そうですか。でも、私には告白に聞こえましたけど」
「……あれが告白なのは、嫌だ」
「なんでですか」
「だって……今の俺にとって三尋木は、新入生の中でとかじゃなくて、世界一可愛いから」
「……ぁ、はい。ありがとう、ございます」
「三尋木。俺と、付き合ってくれ」
「はい。これからは、彼女として、よろしくお願いします」
「ありがとう。よかった……」
「なんですか? フラれるかと思いました?」
「そりゃ、どうしたって不安にはなるだろ」
「えっ、忘れたんですか?」
「……何を?」
「言いましたよね。『フッたりとかしないんで』って」
「……お、おう……」
「えへへ、いやー、そうですかー。私、世界一可愛いですかー。えへへへへへ」
「復唱するなよ……」
「いやですよ」
「なんでだよ」
「だって、ずっと石橋さんにとって世界一可愛い女の子になるために頑張ってきたんですから」
「……ありがとうな、文」
「どういたしまして、剛さん」
「『剛さん』かあ」
「嫌ですか?」
「いいや? なんか、いいなって」
「でしょ?」
ドン、ドン、ドドン。
花火大会を締めくくりだろうか、一際大きな音がした。
私には、それが祝福の音に聞こえた。
そして、その音を合図に。
私たちは、唇を触れ合わせた。
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