第56話 落ちるタコ焼き、落ちないビー玉
前の2人が、手を繋いで歩く。
時々お互いを見合っては顔を綻ばせ、ともすればキスでもするんじゃないだろうかという雰囲気すら漂わせている。
隣の先輩は前のカップルをどう見ているのだろうかとちらりと見上げると、なんとも微妙そうな表情していた。
その顔が表す心情はわからないけれど、私の方に意識が向いていないことに、苛立ちを覚えた。
宙ぶらりんになった彼の左手の甲を、こつこつと自分の右手でノックする。
不思議そうな顔で私に振り向いた彼の鈍感さを疎ましく思いながら、もう2回ノックをした。
「……はぐれちゃうかもしれないじゃないですか」
「……ああ、ごめん。そうだな」
彼の左手の指を、そっと握る。
手のひら同士すら触れ合わないこの握り方が、今の私たちの距離感をよく表している気がした。
「2人とも……ほほう」
呼びかけようと振り返った真奈美ちゃんが、めざとく私たちの重なった手を見つけて、ニヤニヤ笑いかけてくる。
櫻木さんもワンテンポ遅れて気づき、石橋さんに頷きかけていた。
そんな目線が照れ臭くて、どちらからともなく手を離してしまった。
不服そうな前の2人に対して、石橋さんはしっしっと追い払う仕草をする。
何かを察したのだろうか、2人は足早に露店の方へ去っていってしまった。
「あいつら、1発目に的屋かあ」
「シューターの血でも騒ぐんですかね、真奈美ちゃん」
「かもな。次金魚すくい行ったら、多分あの曲の歌詞なぞってるだけなんだけど」
「へえ、そうなんですね。その曲、今度聴かせてください」
「いいよ。俺らも回ろうか」
「はい。お腹すきました」
「タコ焼きか焼きそばあるけど、ソース系だとせっかくの浴衣汚れるかもだよなあ」
「爪楊枝で刺すだけですし、タコ焼きならセーフだと思います」
「三尋木がいいなら」
10個入りのタコ焼きを買って、そのうちいくつかを分けてもらう形になった。
焼きたてのタコ焼きから立ち上る湯気で、鰹節が踊る。
なんだか、ウキウキ気分の私みたいだ。
「はい、どうぞ」
「……」
「三尋木?」
「食べさせてください」
「……」
「あーん」
口をぱっくり開く私に、恐る恐るといった形で石橋さんはタコ焼きを差し出す。
熱い。
こういうのは勢いが大事とはいえ、丸ごと1個口に入れるんじゃなかった。
はふはふと熱をなんとか逃がそうとするけど、しっかりとトロトロになった中身がどんどん口に熱気を与えていく。
石橋さんが慌てて自分のお茶を差し出してくれたので、そのお茶でタコ焼きを流す。
「大丈夫? ごめん」
「いえ、私がひとくちでいったのが悪いんです。次からは普通に頂きます」
「……そっか」
「それに、お茶も飲んじゃいました。ごめんなさい」
「いいよ、そんなの。飲み切っちゃって」
「はい」
残りのお茶を飲み切って、気付く。
そういえば、石橋さんが渡してくれた時、既にこのお茶は飲みかけだった。
もしかして、間接――
いや、高校生じゃあるまいし、この程度で動揺してどうする。
これくらいで、私は動揺なんかしない。
「タコ焼き、もう1個頂きます」
「ほい」
石橋さんに差し出されたタコ焼きを、爪楊枝で刺して、持ち上げ……あれ、うまく持ち上がらない。
うまく刺さらないのか、とろけて刺したのが外れるのか、ぽとぽと落ちてしまう。
違う。私は、動揺なんかしていない。
「ふーっ、ふーっ。はい」
「ふぇっ」
「持ち上げづらいなら、また食べさせてやるから。今度は熱くないと思うし」
「はっ、はぃっ……」
結局、全部あーんしてもらった。
この体が熱いのは、タコ焼きのせいだ、うん、そうに違いない。
熱を冷まそうとぱたぱた手で顔を仰ぐと、ラムネ屋の露店が目に入った。
「三尋木。ラムネ、いる?」
「はい」
石橋さんに渡してもらった、キンキンに冷えたラムネ。
私は、ビー玉が落ちないようにゆっくりキャップを外して、それを飲んだ。
その様子を、石橋さんが興味深そうに見つめてくる。
「三尋木って、ビー玉落とさないんだ」
「はい。飲みづらいので」
「落とすのが風情ってもんじゃないの」
「かもしれません。落として欲しかったですか?」
「いや」
石橋さんは、私と同じように、ビー玉ごとキャップを外した。
「俺も、同じだから」
ニカッと笑う石橋さんに、不覚にもキュンときてしまった。
今の私の顔を隠すものがあればいいのに。
私は、お面屋に寄らなかったことを後悔した。
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