第55話 チョロい系女子による剛直男子との運命の出会いの回想

――大学に入学して、1ヶ月ほど経った頃。

高校からの友人が、片想いに本気になりだした頃。

歩ちゃんのように、自分にとって素敵な出会いがあればなあ、とは思うけど。

そんなことが現実に起こったら、苦労はしないと思う。

大学生にもなっておかっぱ頭の貧乳なんて、ウケないよね。

いっそ、今からでもイメチェンしてやろうかと、わざわざこっちの有名な美容院を予約してきた。

ちょっと早めに着きすぎたけど、せっかくの初めての神部。

観光スポット的な所を見回って、時間を潰そう。

ぶらぶらと適当に歩き回っていると、ここがどこかわからなくなってしまった。

地図アプリを起動すると、案外美容院から遠くに来てしまったようだ。

今からUターンして向かえば全然間に合うし、そろそろ向かおうとした時。


「こんにちは」


どこから現れたのか、3人組の男に声をかけられた。


「道迷ってんの?」

「俺らここ詳しいし、案内するよ」


うわあ、ベッタベタなナンパ。

なぜこんな地味子に声を掛けてきたのかはさっぱりだが、もしかしたら逆に狙いやすいと思われたのかもしれない。


「結構です」

「またまた、今Uターンしてたじゃん? 迷ってんでしょ?」

「適当にぶらついて時間潰してただけです。今から予約している美容院に向かうので」

「美容院だったらこの近くにもいいとこあるし、そっちにしなよ。キャンセルしてさ」

「お断りします」

「いいから、いいから。今みたいに地味な感じじゃなくなるからさ」


ああ、鬱陶しい。

確かにイメチェンしようとして美容院を予約したのも、自分の格好を地味と思っているのも事実だけど、他人に、それもこんなよくわからないジャラジャラしたのをカッコいいと思っているセンスの奴らにバカにされると、それはそれで腹立たしい。


「本当に結構です。予約の時間があるので、失礼します」

「なんだよ、丁寧に提案してんのに、お高く止まっちゃってさあ」


あれのどこが丁寧なのか。

目の前の彼らは、猿山の動物園で教育でも受けてきたのだろうか。

歩ちゃんをヤリ捨てていった男共でも、もう少しマシな誘い文句を並べ立てていたように記憶している。

話の通じない相手だと認識を改めた私は、無視して男の間を通り抜けようとする。

しかし、その進路はがっちりとブロックされていた。


「どいてください」


押しのけてでも行こうとするが、逆に両肩を押さえられてしまう。


「放してッ」


私の願いなど聞き入れるはずもなく、無理やり私を連れ去ろうとする男たち。

ああ、このまま私は好き放題に遊ばれるのかもしれない。

そんな未来図が脳裏をよぎった時、男共の向こうから声が聞こえた。


「おい、何してんだよ」


そのドスの利いた声には、聞き覚えがあった。

サークルの先輩の、石橋剛さん。

あまり印象に残る顔立ち、背格好ではないが、身長が高く目立つ存在――かつ、歩ちゃんの片想い相手――の櫻木慎吾さんの友人であることも相まって、印象には残っていた。

そして、そんな石橋さんが助けにきてくれたことが――恥ずかしい言い方かもしれないけど――白馬の王子様との、運命の出会いに思えた。


「なんだお前」

「あれ、三尋木? だっけ。ごめん、人違いだったら」

「いえ、合ってます。石橋さんですよね」

「おー、覚えててくれたんだ。何してんの?」

「俺らとこれからお楽しみなんだけど」

「アンタにゃ聞いてねえよ。行こうぜ、三尋木」

「はい」

「待てよ」


立ち去ろうとする私の肩を、3人組の中の1人が乱暴にぐいと引き寄せようとする。

その手が私に触れる前に、石橋さんの手が男の腕を掴み、握り上げた。


「っ、痛ってえな!」

「三尋木、交番がそこのローソンの道入って2つ目の角右に曲がったらあるから、ダッシュ」

「え、でも」

「GO!」

「チッ、わーったよ! だっりいなあ」


石橋さんの手が振り解かれ、男たちはどこかへと引き下がっていった。

交番が近くにあるの、知らなかったのか。

何が「ここらへん詳しい」だ。


「大丈夫か」

「はい」

「ここら辺治安悪いからな、気を付けなよ」

「すみません、ありがとうございました」

「ていうか、どしたん? こんなトコに三尋木の用事ある場所、なさそうだけど」

「美容院、予約してたんです。神部に有名らなとこがあるって調べてたら出てきて。予約までの時間潰しにブラブラしてました」

「へえ、そうなんだ。いっつも家の近くで済ませてるから、わかんねえや。女子は大変だな」

「……その、石橋さんも、私のこと、地味だって思います?」

「いや? なんで?」

「だって、さっきの奴ら、地味子だから私のこと狙ったっぽいんで。やっぱ、イメチェンした方がいいんですかね」

「うーん……うーん、こういう時、なんて言えばいいかわからんけど、少なくとも俺は、別にそうは思わないなあ」

「そうですか?」

「うん。や、俺がそう思うだけだし、なんとも。三尋木が今の自分から変わりたいっていうんだったら、それは三尋木のやりたいようにすればいいと思う」


「やりたいようにすればいい」と言った石橋さんの目は、心なしか残念そうに見えた。


「歩ちゃん、わかります? 広橋歩」

「ああ、わかるわかる」

「あの子と、高校から一緒なんですよ。歩ちゃんと一緒にいると、嫌でも男子の目線は歩ちゃんの方に行くのがわかるんですよね。まあ、大半はいやらしいクソみたいな目線ですけど。胸も大きいですし」

「あー、なるほどねー」

「石橋さんも、見たことあるでしょ」

「……まあ、ないといえば、嘘になる」

「歩ちゃんのことが嫌いってわけじゃないんですよ? むしろ大好きです。けど、やっぱり劣等感はあるんですよね。私を見る目も、『三尋木ならいけそう』的なやつばっかりで」

「……なるほどなあ」


石橋さんは、困ったように頭をガシガシと掻き出した。

実際、こんな話をされても困るだけだろうし、申し訳ない気持ちになる。

美容院、行こう。

そろそろ、予約の時間だ。


「……あのさ、こんなこと言うと、告ってるみたいですげえ恥ずかしいんだけどさ」

「はい?」

「俺は、広橋か三尋木なら、三尋木だし、CROSSOVER新入生女子でも、三尋木が1番だと思うけどな」

「……なんですか、それ。結局私が狙い目って話ですか?」

「まあ、新入生の中じゃけっこう狙い目だと思ってたのは事実だけど……そういうの抜きにしてフラットな状態でも、やっぱ三尋木が1番……その、可愛い、って思うし……いや、これマジで告ってるみたいじゃん。違うからな? フるとかやめてよ?」

「……ぁ、はい……ありがとう、ございます。大丈夫です。フったりとかしないんで」


可愛い。

そのひとことだけで、なぜか私の顔はとても熱くなった。

見せられないくらい、真っ赤になっていると思う。

石橋さんをちらりと見ると、全く耳も顔も赤くなっていない。

ここまで私を照れさせるようなセリフを吐いておいて、どういうことだ。

本気で、私のことは――まあ、新入生で1番可愛いと思っているとはいえ――恋愛対象としては見ておらず、ただの後輩に対して、石橋さんなりに頑張って慰めたつもりなのだろう。


決めた。

私は、そんな口下手な白馬の王子様の好みであり続ける。

ベタな展開にときめくチョロい系女子と思われたって構わない。

「新入生で1番可愛い」じゃ、飽きたらない。


美容院では、予約時に伝えていた染髪をキャンセルさせてもらった。




そして、今日。

花火大会の前、あの美容院でヘアセットをしてきた。

着物を着て神部まで行って帰ってはしんどいので私服で行ったけれど、美容師さんが着物似合うようにセットしてくれた。


今日が、勝負の日。


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