第54話 艶

「おっ」

「よっす」


花火大会の日の混雑を回避して待ち合わせるため、川とは駅を挟んで逆側の北口改札を出ると、そこには甚平姿のバッシーがいた。

去年の男3人で花火大会からの徹夜麻雀というむさ苦しい一夜から一転、今年は3人が3人とも別々に待ち合わせというのだから面白い。

ちなみにウタは自宅から歩きで向かうので、ここにはいない。


「離れとくか?」

「いや、三尋木は西野と一緒に来るらしいし、いいんじゃね」

「そうか」


お互い浴衣の着付けを手伝いでもしたのだろうか、そうであるなら話は早い。

しばらく2人で雑談をしつつ待つと、背中をとんとんと叩かれた。


「お待たせ」

「おぉ……」

「どう?」


白地の浴衣に青と紫であしらわれた朝顔と紺色の帯、見覚えのあるかんざしで纏められた髪、ほの暗い中でも妖しく光って見えるほどの赤い唇、家でダラけているせいでしばらく見ていなかった長い睫毛、それら全てが見目麗しく、今日は花火がなくとも十分に思えるほどだった。


「綺麗」

「ありがと」

「そのかんざし」

「うん、高2の時の」

「持っててくれたんだな」

「当たり前でしょ?」


3年前の自分に対して、俺は感謝の礼をした。

さて、よくよく見ると、三尋木がいない。

真奈美の心を奪われていたせいで気付かなかった。


「あれ、三尋木は? バッシーから一緒に来るって聞いたけど」

「もうそろそろ。カードの残高90円しかなかったから、先行っててって言われた」

「なるほどね」

「そうか。じゃあ俺、トイレ行ってくるわ」

「「いってら」」


混雑している駅では、乗り越し清算のコーナーにも行列ができていそうだ。

バッシーがトイレに向かってから2分ほどで、カラカラと下駄の音を立ててこちらに小走りで向かってくる三尋木の姿が見えた。


「ごめんごめん、遅れちゃって。櫻木さん、こんばんは」

「おいす」

「石橋さんは?」

「トイレ」

「なぁんだ、1番に見せたかったのに」

「後ろ姿は1番に見せられたみたいだけどな」

「ふえっ!?」


三尋木が慌てて振り向くと、そこには先ほどより少し胸元や帯をきっちりとしたように見えるバッシーが立っていた。


「よ、三尋木」

「あ、あぁあぁ、こんばんは! その、私、変じゃないですか!?」

「似合ってるし、綺麗だと思うよ」

「そ、そうですかぁ、にへへ……」

 

あのときの三尋木の魔性の女の微笑みからは全くもって想像がつかない、だらしのない蕩けた笑顔。

完全にバッシーの前だと無防備になり、素顔を曝け出した三尋木を、下手に邪魔するわけにはいかない。


「真奈美、行こう」

「そうだね」


真奈美の手を取り、歩き出す。


「……俺らも、行こうか」

「はいっ」


俺たちから数歩分間隔を開けて、バッシーたちは歩き出した。





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