第49話 ダブルエマージェンシーコール
同棲最終日。
レポートも終わり、真奈美をいよいよ剥がせなくなってしばらく経つ。
結局、真奈美の家にタブレットを取りに行き、うつ伏せになりながら適当に映画を眺めていると、もう午後5時を過ぎていた。
「夕飯のための買い物にでも行こうか」なんて話していると、画面の上側にプッシュ通知が1件。
【和泉大輔: いきなりでごめん、ちょっと電話いい?】
「俺じゃなくて、真奈美?」
「なんだろ? ちょっとキッチンの方出るね」
「おっけ」
スマホから通話したいからか、真奈美はタブレットを置いてキッチンに向かおうとする。
真奈美が電話している間は適当にスマホでもいじろうかと自分のを手に取ると、俺のスマホにも不在着信数件と、1件のメッセージ。
【広橋歩: 出てください】
「真奈美、真奈美」
「ん?」
「これ」
「ほほう」
「俺がキッチンの方行くわ」
「了解。ありがと」
キッチンに出て、居室の扉を閉める。
念のため、洗面所に入って2段階の防音をすると、また広橋から着信が入る。
「なんだ、いきなり」
『やっと出た。助けてください、緊急です。一大事です』
「だから、なんだよ」
『今日、デートだったんですよ』
誰と、と聞くのは野暮だろう。
そもそも、散々相談されているため、知っている。
「知ってる。前に『3回目ってどうすればいいですか』って初回と2回目に引き続いて相談受けてたじゃねえかよ」
『その節は大変お世話になりました。で、次いつにしようか、とか話してたんですよ』
「ほう』
『私の誕生日、再来週なんですよ。7月20日なんですよ』
「おう」
『家で2人きりで誕生会することになっちゃいました』
「そうか。よかったな」
『助けてください』
「何をだよ」
『どうにかして泊まってもらえないかなと。いいアイディア、ください』
「知らねえよ」
『だって、和泉くん普通に誕生会したら普通に帰りそうじゃないですか』
「そりゃそうだろ。彼氏彼女でもない相手の家に泊まる人間じゃないぞ、和泉は。俺だってそうする」
『だから櫻木さんに相談してるんじゃないんですか』
それもそうだ。
似た思考回路の人間に聞くのが、こういう時は1番だ。
「……帰り際、後ろから抱きしめて『帰っちゃ、やだ』とか?」
『うわ、コッテコテ〜』
「うるせえ」
『櫻木さん、それ付き合う前の真奈美ちゃんに言われたら、泊まってました?』
「んなわけ」
『じゃあ、和泉くんに対しても効果ないじゃないですか』
「わからんぞ。俺は和泉大輔じゃないからな」
『今日、やっと手繋いでくれたレベルですよ? 櫻木さんですら初デートで繋いでくれたのに』
「え、マジ? 今日繋げたのか? やったじゃん」
『えへへへへ、そうなんですよ。和泉くんから「繋ごう」って言ってくれて……って、そうじゃなくて!』
「すまんすまん、俺が甘かった。本気で攻略するぞ」
『お願いします』
大前提として、和泉の家はこっちではなく、墨キャンの近くだ。
自転車で最短ルートを使っても30分程度かかるので、帰りを遅くすればいい。
それか、そもそも帰れなくさせれば――そうだ。
「自転車、パンクさせれば?」
『馬鹿なんですか?』
慎吾が部屋を出たのを確認して、和泉くんに電話をかける。
数コールの後、彼は出てくれた。
『もしもし』
「もしもーし」
『ほんとごめん、いきなりで。』
「いいよ、いいよ、全然。どしたん?」
『今日、広橋とデートだったんだよ』
「なんと。どうだった?」
『……初めて、手、繋いだ』
なんと。それは大きな進歩じゃないか。
恐らく、歩が無理やりにでも繋いだんだろうけど。
「そうかそうか。おめでとう」
『それで、その……再来週の金曜、広橋の誕生日じゃん』
「そうだね。前の日、サークル終わりに女子だけで誕生会することになってるけど、当日はダメって言われてたんだよね……ってことは」
『誘われたんだよ。家、来ないかって』
「いいねえ。当然行くよね?」
『そりゃ、まあ』
「宿泊は?」
『しねーよ!』
「なんで!?」
『だって、まだそういう関係じゃ……』
やっぱり、この男も慎吾と同タイプだと再確認させられる。
超がつくほどのクソ真面目。
「泊まりたいか、泊まりたくないかで言えば?」
『……黙秘権を行使させてもらう』
「それは、肯定と同義だぞ?」
『やかましい』
ひとつ、私に名案が浮かんだ。
「じゃあ、和泉くんが泊まらざるを得ない状況なら、泊まるよね? 家も遠いし」
『……まあ、台風とか大雨なら仕方ないかなとも思うけど……でも、そんな都合よくなるか?』
「違う違う。そんな運頼りじゃないよ」
『じゃあ、なんだよ』
「自転車、こっそりパンクさせれば?」
『馬鹿か?』
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