第48話 ひっつき虫はがし

真奈美の部屋のエアコンが直るまで、あと2日。

朝起きると、俺の腕の中に真奈美はいなかった。

代わりに、俺の腹の上にエプロン姿になって体重をかけてきている。


「おはよう」

「おはよう」

「朝ご飯だよ。顔洗ってきて」

「はいよ」


なんと、卓上には真奈美特製の朝食が並んでいた。

言われたとおりに顔を洗い、寝癖を直して、席に着く。


「「いただきます」」


ズズッ、と味噌汁を飲むと、体の隅々まで落ち着きが広がる。

ほぅ、と息をついて、もうひとくち。

人間は、朝に味噌汁を飲むと目がシャキリとするように設計されているのかもしれない。


「毎朝飲みたい?」

「飲みたい」

「指輪持ってきたら作ってあげる」

「せめて明日と明後日は勘弁してくれ」

「しょうがないなあ」


いつか来る真奈美との夫婦生活の1日の始まりを想像しつつ、目の前の食卓に並んだご馳走をありがたく頂戴する。


「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」


洗い物は、どっちが作ろうが俺担当。

夏で水温は温かめとはいえ、女子の手を荒れさせるわけにはいかない。


「今日、どっか出かけない?」

「この雨で?」

「確かに」

「今日と明日は慎吾の家で過ごしたいな」

「了解」


普段のお泊まりとは違う週末。

せっかくだし、俺も家で真奈美と過ごしたい。

けれど、ひとつ問題点がある。


「何するよ」

「それなんだよね」

「アレで映画見てもしょうがないしな」


ウチには真奈美の家のように大きめのテレビとソファがあるわけではなく、自分1人で見るのに十分な大きさのテレビが、デスクの端に置いてあるだけ。

ベッドに2人で座れば見られるが、画面が小さく映画鑑賞などには向かない。

真奈美が家からタブレットでも持ってきてくれれば、ベッドで横になりながら観られるかもしれない。


「部屋でダラけてればいいんじゃない?」

「それだったら俺、レポート書くけど」

「それはだめ」

「なんでだよ」

「私から離れることは許されないんだよ」

「そんなルールはない」

「今決めた」

「部屋主は俺だぞ」

「同棲中は、私の部屋でもあるんだよ」

「じゃあ、協議の上で決定しないとな」

「慎吾は、私と離れたいの?」

「論点をすり替えないでくれるかな?」

「ちぇ、だめか」

「だめだ」


キッチンでの洗い物が済んだので、一服しようとタバコを口に咥える。

もう、ライターなしでの火の共有がこの部屋で吸う時の暗黙の了解となった。


「今度真奈美の部屋でも一緒に過ごしたいし、その時はずっとくっついたままってことで、なんとか」

「じゃあ、エアコン直ったらすぐがいい」

「せめて試験期間明けにしようや」

「なんでよ」

「1人の生活に一生戻れなくなりそう」

「戻らなくてもいいじゃん」

「俺に真奈美が就職した後、地獄を味わえと?」


俺の方が1学年上だが、院進予定なので就職は1年遅れる。

M2修士2年生の1年は地獄とも聞くので、その期間になって急に真奈美がいなくなれば、俺は死ぬかもしれない。

前に話した時、「1年留年する」と真奈美は冗談めかして言っていたが、このままだと本気で同い年なのに2学年下の後輩になりかねない。


「ま、就職についてはお互い時間もあるし、ゆっくり焦らず考えようよ」

「そうだな。じゃあ、俺はその就職の選択肢を狭めないように、きっちりレポートを仕上げにかかるとするわ」

「んもー、そうはならないでしょ。遊ぼうよ、なんかで」

「なるんだなあ、これが。つーか、俺の家にある娯楽なんて、マジで麻雀しかないぞ」

「今は私がいるじゃん」

「娯楽として消費したくねえよ」

「えー、昨日は散々おもちゃにしてくれたのに」

「言い方よ、言い方」



結局、真奈美の妨害を受けつつも、俺は鉄の意思でレポートを書き上げた。

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