第38話 Question Three
家のチャイムが鳴る。
ドアを開けると、期待通り真奈美がいた。
その手には、2つの袋。
「お邪魔しまーす」
「ストップ。はい、これ」
靴を脱いで上がろうとする真奈美を制し、真奈美の手にあるものを握らせる。
「……これ、合鍵?」
「そう。いつでも来ていいし、来られてもいいような状態でいるから」
「ありがとう。嬉しい」
にへらと顔を綻ばせた真奈美は、早速自分のキーホルダーに俺の部屋の合鍵を通した。
少しぷらぷらと揺らして眺めた後、真奈美は俺の部屋を出た。
真奈美のために、俺は内側から鍵をかける。
それを、真奈美はさっき渡した鍵で開けた。
「おー、開いた」
「おかえり」
「……うん、ただいま」
真奈美をそっと抱きとめる。
靴が脱ぎ散らかされているが、そんなことは些細なことだ。
真奈美はすんすんと俺の胸の中で鼻を鳴らすと、少し不満げに俺を見上げてきた。
「まだ風呂入ってないな?」
「原チャパンクしたから、歩きで帰ってきたんだよ。結構ギリギリだったんだぞ。サークル来るときもバスだったし」
「だから遅刻したんだ」
「そう。俺が着いた時、真奈美はもう裏口で平石に告られるちょい前だったし」
「でも、ちゃんと来てくれたじゃん」
「そりゃ、まあな」
「ほら、さっさと入ってきて。その間に晩御飯作っておくから」
真奈美は、持ってきた袋の片方を持ち上げる。
中からちらりと見えるのは、スーパーで買ってきたと思われる食材だった。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
風呂から上がると、真奈美が野菜炒めを用意してくれていた。
肉がないのは少し残念な気分になったが、そんな不満は後で解消すればいいことだ。
「ごちそうさま。美味しかった」
「お粗末様でした」
皿を流し台に持っていく真奈美を制する。
「これくらいはやらせてくれよ」
「はーい」
大人しく引き下がった真奈美に灰皿を出し、皿洗いを始める。
この後の流れを考えると、1ヶ所に血流が集まりそうになる。
もしあっちがそんな気がなかったらという不安を、油汚れと一緒にスポンジで流す。
洗い物を終えて部屋に戻ると、真奈美はタバコも吸わず、かといってスマホをいじるわけでもなく、ただ大人しく座っていた。
「あれ、吸ってないんだ」
「私の火は慎吾からもらう約束でしょ」
「そんな約束、してないんだけどな」
「今決めたの」
中々に強引で理不尽な約束だが、そう言われては仕方がない。
俺は自分のタバコに火をつけると、真奈美が咥えたタバコに火を移した。
そこからは、沈黙。
気恥ずかしさからなのか、不安からなのか、お互いこの沈黙を破れずにいた。
そっと真奈美の左手に手を乗せてみると、ぴくりと跳ねた後、ゆっくりと指を絡めてきた。
真奈美が、俺との距離を少しずつ詰めて、肩に頭を乗せてきた。
真奈美の肩に腕を回すと、彼女は視線だけをこちらに向けてきた。
しばらくの間、見つめ合う。
手に少し力を込めると、真奈美は俺に跨ってきた。
ともすればお互いの火で火傷しそうな距離で、俺たちは煙を肺に入れる。
真奈美が、俺の顔に煙を吹きつけてきた。
俺も、真奈美の顔に煙を吹きつけ返してやった。
灰皿にタバコを押し付け、火を消す。
真奈美は後ろを向かないと消せないので、彼女からタバコを受け取り、俺が消すことにした。
真奈美の吸っていたタバコを消している間、真奈美はぎゅうぅと強く俺を抱き締めた。
それにつられて、俺が灰皿にタバコを押し付ける力も強くなる。
「火、消えたぞ」
「電気も消してよ」
「豆電球くらいはいいだろ」
「仕方ないなあ」
テーブルの上にある部屋のライト用のリモコンで、光を落とす。
コトリと机にリモコンが戻った音を合図に、俺たちは少し抱き合う力を緩め、薄暗闇の中見つめ合う。
「真奈美」
「慎吾」
「……いいか?」
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