第36話 告白(前編)
俺は、焦っていた。
よりにもよってこんな日に、原付がパンクしてしまったのである。
サークルの後、真奈美を呼び出してきちんと気持ちを伝えよう。
そう思っていたのに、サークルに行けるかすら怪しい。
とりあえず墨キャンから原付を押してバイク屋に修理を依頼。
このまま待っていればもしかしたらサークルに顔出しすらできない可能性があるため、明日取りに来ることを伝えて、路線バスに乗車。
体育館に1番近いバス停は、体育館から見て清キャンの真逆にあるため、サークルの開始に間に合わないのは確定だったが、それでも行けないよりマシだ、とこの状況での最善であろう選択肢をとった。
俺が体育館に着いた頃には、既にガチマッチの始まる寸前だった。
「すいません、遅れました!」
なんだかんだで2回生に上がってからも皆勤を続けていた俺が遅刻したということで、それなりの人数から視線を浴びる。
「珍しいな、ていうか初めてか? 櫻木が遅刻するの」
「原チャがパンクしまして……」
「それはドンマイ。来てもらって悪いけど、アップしないまま参加は流石に認めんからな」
「大丈夫です。見学で」
福田さんと美濃さんは「それでも来てくれてありがとな」と俺を労うと、メンバーのピックアップに回った。
俺は真奈美の姿を探してぐるりと体育館を一周させるが、その姿はどこにもない。
「お疲れ様です。原チャのパンク、どんまいです」
横からひょっこり顔を出してこちらを見上げたのは、広橋だった。
広橋とはあの日以来初顔合わせなので、気まずさが体を駆け巡る。
「おう……その」
「警戒しなくてももう大丈夫ですよ。ていうか、さっき真奈美ちゃんに話してきました。『櫻木さんから、正式にフラれた』って。真奈美ちゃん、びっくりしてましたよ? ていうか、付き合ってないってなんですか。真奈美ちゃんから全部聞きましたよ。私、嘘ついてフラれたってことですか?」
「いや、それはだな、その……あの方が説得力出るかなって」
「……まあ、真奈美ちゃんから謝られたので許してあげます」
「っていうか、名前」
「私から言いました。『友達になって欲しい』って。で、これからは名前呼びすることになりました。真奈美ちゃんも私のこと、『歩』って呼んでくれるって。櫻木さんも呼んでくれていいんですよ?」
「それは、無理」
「えー、ひどーい」
「すまんな。で、真奈美、どこにいる?」
「さっき裏口出たとこで話したばかりですけど、帰ってきて……あれ、いないですね。お手洗いかな」
「ちょっと探してくるわ。サンキュー、広橋」
「はい、櫻木さん」
ガチマッチで男子メンバーが張り切っているのを横目に、俺は裏口へ向かう。
入れ違いになる可能性や、トイレにいる可能性も十分にあったが、なんとなく真奈美がまだ残っている気がした。
もしかしたら俺が今日のサークルサボったとか思ってないだろうか。
今までのことも含めて、ちゃんと謝ろう。
そして、俺の気持ちをきちんと伝えよう。
なんならここ、けっこう絶好の場所じゃん。
そんなことを考えていると、少し歩幅が大きくなった。
――裏口を出る、寸前だった。
「西野、好きだ」
真奈美への、告白が聞こえたのは――
その声には、聞き覚えがあった。
1回生の、平石。
真奈美に気があるのか、ちょくちょく真奈美に飲み会やカラオケ屋で話しかけてた奴。
普段の真奈美からはその名前が出ることはなかったので、最近色々なことでいっぱいだった俺の頭からは、彼の存在がすっぽり抜け落ちていた。
「付き合ってくれないか」
しばらくの沈黙が訪れる。
――もしかして、俺に愛想を尽かして平石からの告白をOKしたりしないだろうか。
そう思うと、俺の足は勝手に動いていた。
「見つけた」
「……慎吾」
「……っ」
平石が、明らかに憎しみを込めて俺を睨んでくる。
しかし、俺はそれには屈しない。
今だけは、引いてはいけない。
「真奈美、好きだ。俺と、付き合ってほしい」
俺と真奈美の手を取るのに少し遅れて、平石が真奈美の逆の手を取る。
真奈美は、俺を選んでくれるはずだ。
そんな期待は、すぐに裏切られる。
――真奈美が振り解いた手は、俺の手だった。
「慎吾、ごめん。今は、慎吾の気持ちに応えられない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます